「市民」とは誰か 戦後民主主義を問いなおす

「市民」とは誰か 戦後民主主義を問いなおす

ビジネス・実用
720円 (税込)

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3.7

「市民」のためと銘打つ政党が結成され、また、外国人ジャーナリストによる官僚社会批判が「市民運動」のテキストとしてベストセラーとなる現代日本。そこで描かれるのは、権力を我がものとする官僚VS「市民」が主役の民主主義、という構図である。「市民」が、単なる「都市の住民」であることを超えて、神聖な存在に祭り上げられた思想的背景とは何だったのだろうか? 戦後日本の思想の歪みを鋭く衝いた意欲作。

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  • カテゴリ
    :
    ビジネス・実用
  • ジャンル
    :
    社会・政治 / 政治
  • 出版社
    :
    PHP研究所
  • 掲載誌・レーベル
    :
    PHP新書
  • タイトル
    :
    「市民」とは誰か
  • タイトルID
    :
    329989
  • ページ数
    :
    208ページ
  • 電子版発売日
    :
    2015年08月14日
  • コンテンツ形式
    :
    EPUB
  • サイズ(目安)
    :
    3MB

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「市民」とは誰か 戦後民主主義を問いなおす のユーザーレビュー

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    授業で市民についての輪読を行ったので読んでみた。
    西洋の市民という概念を紹介したのち、日本での「市民」概念に迫っている。
    納得なっとく。
    でもだからといって「市民」という呼称はなくならないだろうし、ぼやっとした概念のままだろうと思う。
    そう感じる時点で、今の日本の状況を表しているのかな。

    0
    2011年02月15日

    Posted by ブクログ

    非常に共感するところが多かった。

    読書メモです。
    ---------
    「市民主体のまちづくり」など市民主権を宣言しているまちが多いように思われる。だけど日本で言われている「市民主権」はキレイごとを並べているだけであり、空虚なものであることが述べられている。
     日本で「市民」という言葉が用いられる文脈には市民(=民主主義)が官僚(=権力)に対抗する構図がある。しかし日本人には「個人の意見」というものが確立していないため民主主義(=市民社会)が育っておらず、それが育っている欧米に比べ劣っているという感情がある。この市民VS権力という構造は、マルクスの持つ進歩史観に基づいているという。つまり古代→封建社会→絶対主義社会という前近代社会を支配していた権力から脱出するために革命を起こし、市民が主導権を握る「近代社会」への移行し、市民社会が成立したということである。ここには共同体(国家)から個人の解放という意味も含まれていて、戦後民主主義化を目指す日本はそれを目指した。
     しかし、佐伯氏はそのような進歩史観+革命による前近代から近代への脱出→共同体から脱出することで個が成熟→自律した個々人による市民社会ができる、とは考えない。むしろ欧州人が前近代から近代へと連綿と持ち続けている「市民」認識に注目し、日本で一般的に流布している市民社会成熟の過程を否定する。
     まず、市民としての認識はギリシャにまで遡る。ギリシャのポリス市民は元祖市民自治ともいえるが、その団結力には排他性や特権的意識も持つ。一方そのような性格が共同体への愛着を持ち、公共的事柄に積極的にかかわろうとする。この共同体は都市的アソシエーションというよりかは農村的共同体ともいえる。つまり「市民」に必要な属性は民主的であることではなく公共的であることである。これは封建的だと言われた中世都市、絶対主義的国家から欧州人が持ち続けている意識である。
     筆者は「国のために死ぬこと」が市民には必要であるという。このような文脈は日本では忌み嫌われていることだが、欧米では憲法で明確に示されている。さらにこれを根拠づける理論にルソーの社会契約論がある。ルソーは自然状態では自然権を守ることができないため、それを守る共同体を結成するのだが、守られるには義務が必要になる。その義務は共同体構成員すべてのものが共有する意思である一般意思であり、もっともわかりやすいのが「国家を守るために戦うこと」である。人は共同体が崩壊し自然状態へ戻るよりも国家を守ることを選択するのだという。
     市民には「個人の意見」を持つが、そのバックには共同体がいる。その共同体への愛着・守ろうとする意思がある。もちろん家庭やサークルなどの私的な領域も大事にするが、「私」と「公(「共」の方が日本人には親しみがあるけど)」の理論を峻別している。市民社会の一形態として市民運動があるが、私的利害だけを声高に叫ぶ市民運動は市民運動ではない。それはただの個人的な欲求を叫んでいるのと変わりがない。

    0
    2010年01月02日

    Posted by ブクログ

    耳に心地いいだけの言葉に感じる「胡散臭さ」を足がかりに、日本・欧州の歴史を紐解きながら検証する。筆者の考えに同感するところ大。

    0
    2009年10月04日

    Posted by ブクログ

    市民という言葉から、現代日本のかかえる問題を述べた本。
    1997年の本だが、今でも通用するようなことが書かれている。それはつまり、20年前と今で同じ問題をかかえているとも言える。

    日本で市民と言うと、権力や国家と対になるものと認識されているが、それは戦後社会がマルクス主義的な革命史観の中で作り上げた誤解を含む。

    結局は、ルソーの社会契約説に行き着くが、それがすべてなのだろうと思った。
    国家や社会に属する以上、権利を手放して権利を得る。人民は国家や社会に責任を負うものであり、対立する存在ではない。
    日本では人民の中に含まれる、臣民と市民という考えのうち、市民のみが切り離されている。本来は国家に責任を負う面も持ち合わせている。

    0
    2021年01月11日

    Posted by ブクログ

    大学生の時に読んだ本。ヨーロッパにおける「市民」と日本における「市民」を比較して述べた本。
    同意できる部分と、同意できない部分があった記憶。大学生だった私にとっては、市民という実態的意味をポリスから遡って考えるきっかけ、そして公と私について考えるきっかけとなった本でした。ただ、少々まわりくどくて読みにくかった記憶。

    0
    2021年01月07日

    Posted by ブクログ

    西洋における「市民」という概念の歴史をたどることで、日本の戦後民主主義が理解する「市民」概念の歪みを明らかにした本です。

    戦後民主主義の中で、マルクス主義に基づく進歩史観が広く受け入れられ、「市民」という概念は共同体や国家からの解放された自由な主体を意味する言葉として受け止められてきました。そうした考え方は、私的な権利を主張し保護を要求する放埓な人びとを生み出してきました。

    しかし、西洋の歴史の中で「市民」という概念は、ギリシア時代のポリス以来の伝統を持っており、自分たちの共同社会を守るために戦う義務を負う者として考えられてきたと、著者は論じます。共同体を防衛することがみずからの生命や財産の安全につながるということを明確に自覚し、そのため「祖国のために死ぬこと」すら厭わない美徳を持った「市民」という発想が、西洋における「市民」の概念の中に息づいています。

    著者は、こうした西洋における「市民」概念の重層性を指摘するとともに、日本古来の精神の伝統としての「士風」を重視した福沢諭吉の、「一心独立して一国独立す」という考え方に、わが国における「市民」概念のあるべき形を見ようとしています。

    0
    2015年05月28日

    Posted by ブクログ

    著者は最近「反幸福論」などで話題を集めているが、基本的に氏の戦後民主主義に対する疑念・懸念に同じような考えを持っている。

     もともとはヨーロッパからの言葉を訳した「市民」が日本においては欧州と異なる定義・意味で使われている。一般に日本では市民は「自由・平等を求め国家からの束縛・義務を回避する民」を意味している。

     結局のところ端的に言えば、市民を強調する日本人は反抗期にある中学生のようなものなのである。保護され、教育され、囲われる立場にありながらしだいにカミソリのような脆い自我の目覚めを保護者との作用‥反作用によって確認していくものである。何故民主主義を明治期に導入しながら、戦後になって遅まきながら反抗期を迎えることになったのかについての考察は長くなるので後日したい。

    0
    2012年04月28日

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    何というか、無意識のうちに持っていたしこりを解いてくれた本だった。
    「日本人が西欧について表面的な理解しかしていない」確かにそのとおりである。

    市民という言葉しかり、公共という言葉しかり、自らの「勝手な」解釈によって本来の概念が持っていた意味や奥深さに蓋をしてしまった。

    0
    2011年07月25日

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    [ 内容 ]
    「市民」のためと銘打つ政党が結成され、また、外国人ジャーナリストによる官僚社会批判が「市民運動」のテキストとしてベストセラーとなる現代日本。
    そこで描かれるのは、権力を我がものとする官僚VS.「市民」が主役の民主主義、という構図である。
    「市民」が、単なる「都市の住民」であることを超えて、神聖な存在に祭り上げられた思想的背景とは何だったのだろうか?
    戦後日本の思想の歪みを鋭く衝いた意欲作。

    [ 目次 ]
    第1章 二十一世紀は「市民の時代」か
    第2章 戦後日本の「偏向」と「市民論」
    第3章 「近代市民革命」とは何だったのか
    第4章 ポリスの市民、都市の市民
    第5章 「祖国のために死ぬ」ということ
    第6章 日本人であることのディレンマ

    [ POP ]


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    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

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    [ 参考となる書評 ]

    0
    2011年04月19日

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    :
    ビジネス・実用
  • ジャンル
    :
    社会・政治 / 政治
  • 出版社
    :
    PHP研究所
  • 掲載誌・レーベル
    :
    PHP新書
  • タイトル
    :
    「市民」とは誰か
  • タイトルID
    :
    329989
  • ページ数
    :
    208ページ
  • 電子版発売日
    :
    2015年08月14日
  • コンテンツ形式
    :
    EPUB
  • サイズ(目安)
    :
    3MB

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