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Posted by ブクログ
一度に全て理解するのは難しいので数回読もうと思う.
特に最後の章には国民としてどうやって政治に関わっていけばいいかということに関して参考になるものが多かった.
政治は「可能性の束」. ありうる可能性について一通り考えてみるのが大事.
国民が政治不信に陥り政治に不参加でいるということが政治にも影響を与えている. それによってさらに統治者側の思い通りになり政治が腐敗するのを促しますます政治不信が蔓延ってしまうという悪循環.
政治不信・無関心であることが政治に参加しない理由にはならない. 個人的にはまだまだ政治について無知ではあるが無知であるなりに政治に向き合い続けるようにしたいと思った.
Posted by ブクログ
1947年の日本政治学宣言とも言うべき巻頭「科学としての政治学」から、50年代の政治学関連諸論考を集めたもので、かなり読み応えがあった。
丸山さんの主張に対してはいろいろ反論もあるようだけれども、歴史上日本において、国の主権そのものを論じる余地がなかったのは確かだろう。明治になって少しその可能性が出てきたと思ったら、見る見る絶対主義国家化して自由な言論は封じられた。
ようやく「政治に関する自由な議論」が可能になったのはようやく敗戦後のことだ。そもそも「国家」という概念が、明治より前には、一般庶民には縁遠かったのではないか。
しかしいかに無関心であろうとも、現代人のあらゆる生活状況はすべて「政治」の影響に強烈に左右されている、と丸山真男は指摘している。これは敗戦後まもない頃の指摘としては驚くべき先見性だ。現在の状況はもっとラジカルで、政治と無縁なふりをしようとしても、決してそうはいかない。「投票しないこと」すら、それ自体がひとつの政治行動である。
私はかなり若い頃から、芸術家は政治に極力首をつっこむべきではないと考えてきたが、そうした保護された「聖域」はもはやないのかもしれない。芸術「作品」自体は政治的静かさの「聖域」に置くべきかもしれないが、あいにく作品を発表する行為自体、そして芸術をつくるその人間自体は、絶対的に「社会内」に配置されており、よほど人里離れた場所にエスケープでもしないかぎり、「政治」から逃げることはできない。
現在の日本で、たとえばつい最近の「美味しんぼ」の福島原発被害に関する言表を政権が必死で非難し、あるいは出版社やマスコミもしくは一般国民が「発言自粛」を集団心理的に忌避するような状況は、日本社会がいま酷い危機状態にあることを教えてくれる。こういう国で、政治と無縁な「純粋芸術」にだけ「専念している」つもりになっているということは、「野蛮である」と言われても仕方がない。
丸山真男は「政治の世界」(1952)の中で、民主主義により形式上主権が民衆の側に移れば移るほど、民衆の政治的無関心は増していくというパラドックスを語っている。この状況は日本だけではなく、世界全体に共通する現象だ。丸山氏は、消費主義的欲望へと民衆の目を向けさせるマスコミの機能がそれに一役買っていると見ている。
民主主義と消費主義は、現代社会では確かにリンクしているように見えるが、その根源的関連はいったいどうなっているのだろう。これについては考えてみなければならない。
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