無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
食べられなくなった、傷が治りにくくなった、寂しくなった。
ポジティブな目標なしで、どう生きていくか――。
なんと平凡な中年だろうか――。
缶チューハイ片手にふらっと散歩が趣味の、中年フリーライター。
歳を重ねるにつれ寂しさが積もる日々を綴る、書き下ろしエッセイ。
親戚一同が集い、伯父と伯母の金婚式を屋形船で祝った日の夜、父から渡された席順表。いつかこの紙を見てこの日のことを思い出すかもしれないと、リュックにしまった。「そしてまた、捨てられない紙が増えていく」より
暗い話ができる友人が久しぶりに会えるはずだった日の朝、突然亡くなった。今でも不意に電話がかかってくるような気がする。――「ずっと会えなかった人からの電話」
息子がキャプテンを務める小学校のミニバスケチーム最後の公式戦を観戦。息子のチームがブザービートで勝ったのを見届けた帰り、発泡酒を飲みながらどんどん涙が出た。「ずっと忘れられない試合を見た」より
ライターとして飲食店を取材するという仕事があるけれど、最近、急激に食べられる量が減ってしまった。食べることを心の底から楽しめた時間は、せいぜい10年ほどしかなかったのではないだろうか。「食べられないという悲しみ」より
社会学者・岸政彦氏との特別対談「『こうはなりたくない』だけで生きていく」収録。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
昨日の #ヨンデルホン
このロボで、行けるところまで行くしかないのだ。 / #スズキナオ(#幻冬舎)
#このロボで行けるところまで行くしかないのだ
#ヨミハジメ #ドクリョウ #ヨミオワリ
中年の赤裸々な憂い。幸いと言うべきか、「寂しさ」を感じたことはないことに気づく。昔のような”こうあるべき”ことが減って自由になった反面、不自由も増えたような気もするし、”自分を探す”必要もあるのか、と。30年近く”会社員”というジョブクラスだし、先々のことを考えていないということもあるのだろうなぁ、とも思う。50の大台に乗ってからは流石に”おっさん”の自覚は芽生えたものの、まだどこか”若い”と思っている節もあったけど、この間、”若さが羨ましい”と心底思っちゃったし、本当に体がゆうことをきかなくなったりして、こりゃもう冗談抜きで”お年寄り”やな、とも思ったばかり。
「愛嬌」と書かれていて、そういえば、最近そんな”おっさん”をどこかでみたなぁと、思い返してみたら、「情熱大陸」で密着してた小日向(文世)さんだった、笑。小日向さんほどのチャーミングさを望むのはずうずうしいかもしれないけれど、老若男女に嫌われない程度の「愛嬌」は欲しいところ。年を重ねる、いや、「老ける」ことに抗いたくないのは、岸さんに同じ、笑。
何をするにせよ、「やりがい」がなければ、続けられない。「一人でも平気な場所」が(自分の)「居場所」という考えに、なるほど!と感嘆。「やりがい」と「居場所」は、なんぼあってもえぇからねぇ。
Posted by ブクログ
デイリーポータルZは、名前に「Z」がつく前からよく読んでいた。こんなにSNSが発達?する前のこと。あほくさいことに次々と挑戦して検証していくのがとてもとてもおもしろかった。
いつしかそれも読まなくなっていたのだが、ある時、「?」と思えるようなタイトルの本を出しているライターがいることに気づく。それがこの著者。スズキナオ氏。当然、はちゃめちゃに面白くてくだらなくて、それでいてやめられない文章を期待して読み始めたのだけれど。内容は想像と違った。
一読後は、「この人はものすごく優しい人なんだな」と思った。男性のエッセイっぽいものって最近読まないけれど、松浦弥太郎みたいにスカしてないし(失礼!)、読みやすいし、同年代でもないのに中年の悲哀もわかるし。ほかの本も読みたいな…と思って読み進めたけれど、ごめんなさい。次はない。ちょっと苦しい。悲しい。寂しい。
ここを書くにあたって、デイリーポータルZをあらためて読みにいってみたら、それはとてもよかった。いくつもさかのぼって読んだ。だけど、ほかの本はもう読まないと思う。意気地のない私を許して。
忘れられない試合を見た日
これがすごくいい。泣きそうになる。
p67
*大谷翔平がホームランを打ったのと違って、私が見たものは、ほんの小さな、少しだけの関係者にしか共有されない場面だ。だがあれは、確かに神々しい瞬間だった。少しの人しか知らないからこそ、大事にしなければならない。
p75
私は世界がよりよくなるはずだと思って生きているのだ。病はいつか癒え、年老いて死が近づくにせよ、誰もがそんれになんとか抗い、できるだけ長く生きようと努める。同じように、世界全体が、悲惨な未来に向かわず、いや、最終的にはどうにもならないことが多いにせよ、少しでも平穏な状態を持続させようと努力する。そんな前提に立っているから、まだなとか正気を保っていられる。しばらく会わない人が、私とは別の場所で時を過ごしながらも、毎日食べて、寝て、たまに病院に行ったりして、健康でいてくれる。そう信じているから、「また今度会える」と考えることができる。だから平気な顔で手を振って別れることができる。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸