ネタバレ
Posted by ブクログ
2021年03月01日
ああ この喜悦(よろこび)!いうすべのないこの愉しさ!
ああ 愛と平安に満ちたこのいのち!
ああ 望むものとてないこの富(たから)よ!
前作の煉獄篇での地上の楽園から、いよいよダンテは天国の世界に足を踏み入れます。
といってもこの天国篇、なかなか難解です。
前作の地獄篇や煉獄篇よりも難解に感じる...続きを読むかもしれません。
というのも、あとがきにも言及されていますが、天国篇には「物語性」がほとんどありません。最初から天国の仕組みやキリスト教神観の解説や論争ポイントの議論に話が費やされます。
「キリストのペルソナ問題」や「神の本質と存在」、「信仰と懐疑の問題」、「神の正義と人間の正義の矛盾問題」が議論さるシーンを延々と見せられ、キリスト教徒でもない日本人で事の深刻さを実感できる人間がどれだけいるでしょうか。
その意味で私は、この天国篇が「神曲」の3部作の中で、最も難解に感じました。
しかしダンテの描く天国を感覚的に読み進めるとなかなか面白いものがあります。
この作品の中で天国は天体の構成で表現されています。
最初の月天から最も高みにある至高天の間には水星天、金星天、太陽天、火星天・・・と続くのですが、これらは天動説の観点から描かれているので、現代の天文学の観点から見るとその並びが微妙に食い違っています。時代を感じますね。
そして天国はいくつかの階層に分かれており、「下の天」には貞純な魂、行動的な魂、愛善の魂が住まい、「中の天」には知力の魂、戦闘的な魂、正義を愛する魂が住まい、「上の天」には高位の聖職者の魂が座しています。
この天国の様を見て、私はレアンドロ・バッサーノの絵画『最後の審判』をイメージしました(バッサーノの絵画には天国だけでなく地獄も表現されているのですが、天国の姿や各階層のキャストの配置がダンテの描くそれとよくダブっていると思います)。
そういった中世絵画とだぶらせて天国篇を読むのも面白いのではないでしょうか。
(ちなみに『最後の審判』は東京国立西洋美術館にも収蔵・展示されていますね。)