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Posted by ブクログ
ブッダが「ただの人」であった事がよくわかる。食中毒になって苦しんだり、疲れたから横になりたいと言ったり、チュンダに気を使ったり、本当に「ただの人」。
これは自分のような「ただの人」でもブッダのように悟りを開き、苦しみから解放されうるという希望でもある。
臨終間近の講話中に「若き人アーナンダー」が「ご婦人にばかり気がむいてしまう事」を相談する所がとても人間らしくてリアル。今その事を相談するかね?とも思うし、そんなだから2000年経っても「若き人」って書かれるんだなとも思う。
また、文章自体がめちゃくちゃ読みにくい。主語を変えて同じ言葉を繰り返したり、本当にただ繰り返したり。作文技術自体が未発達だったのか?とも考えてしまう。
大パリニッバーナ経成立時では、詩を読んだり、日記をつけたりすることは無かったのかな?作文技術が成熟する前の文章という意味でも興味深い。
Posted by ブクログ
亡くなった同僚僧の名前を次々と上げて、彼らはどうなったんだと聞いたり、ブッダが死んだらどうしていいのかわからないと縋り付いたりする、アーナンダとのやり取りが印象的。
ブッダは、それに対して決して明確に死後について語らない。自らの老いや寿命を率直に説いて、人は皆死ぬんだと諭す。その上で、ただブッダとその教えを守って正しく生きよと説くのみ。
宗教と聞いて、思い浮かべる奇跡とか超人的な力とは全く別次元、普通の人間としてのやり取りがある。そして、この悩みや対話は、数千年を経た我々にも全く同じ質量感で迫ってきます。
実は、本書を読む前に、本書については、五木寛之さんの百寺巡礼のインド編とNHKの100分de名著という番組の2系統の解説に触れています。
私の印象は、ひとりの老いた人間としてのブッダに焦点を当てた五木さんの解説に寄るところが多いものです。
NHKの番組の方は、番組のコンセプトに沿ってか、サンガという組織論に重点が置かれていて、それはそれで興味深いのですが、私は五木さんの読み方の方が好きです。
Posted by ブクログ
仏教徒の経典『大バリニッバーナ経』バーリ語の原文を邦訳し、解り易く『ブッダ最後の旅』としたのが本書である。ブッタ入滅の決意からはじまり、原始仏教第二の時期につくられブッタ最後の旅の実際のありさまを知る事ができる。本書解題から引用。
ブッダの側に控えし、若き人アーナンダをオウム真理教の麻原教祖だと、誰になるのか調べてみたところ...教団の「諜報省」トップを務めた幹部、側近の井上嘉浩であり、最後の弟子、スバッダ名も誰かに該当するはず、カルトは既存宗教の焼き直し、そこで、ダライラマとブッタとの関係を調べてみた。彼はブッダが説いた仏教の教え(法)を学び、実践し、世界へ伝える指導者で、ブッダを仏教の根源的な開祖として深く敬っている...麻原と何が違うのかな。
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