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『空、はてしない青』著者が贈る渾身の感動巨編
もう一度、あなたと。
車椅子生活を余儀なくされたフランソワのため、二人はパリの郊外に移り住む。すべてを再出発させるのだ。しかし、順調にみえたのも束の間、互いを傷つけあう時間が長くなっていく。暗闇から抜け出すため、フランソワが望んだのは子どもを持つことだった。「子どもをつくらせてくれ。そうすれば、すべて終わるから」彼に生きる希望を与えようと、若き恋人・エレオノールは新しい命を迎えることを決意する。それは不可逆の運命の分岐点だった。
失われた脚と尊厳。それでも人間は、立ち上がれるのか?
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Posted by ブクログ
#立ち上がる時 下
#メリッサ・ダ・コスタ
『「ふたりで生きていくことは砂時計のようなもの」というエレオノールのセリフがありますが、カップルは、どちらかがうまくいっている時、もう一方はそうではなく、同時にふたりが幸せになることはないんだと。そういう、誰かと生きていくことの難しさや、口幅ったく言えば、愛することの本質がリアルに描かれた物語です。』〜翻訳者山本知子氏のインタビューより〜
でもふたりは人生の急峻な山道を、九十九折りのように、時に寄り添い、時に激しくぶつかり、時には後戻りしながらも懸命に登る。周囲の人に助けられながら。
#読書好きな人と繋がりたい
Posted by ブクログ
7割苦しかった…
お互いがお互いを想いつつも、辛い現状に見苦しいまでに絡めて取れて逃れられない。
傷つけ合って、罵り合って、損ない合って。
読者のこちらまで陰鬱な気持ちになりますし、身勝手過ぎやしないか?とイライラさせられました。
それでもフランソワとレオが、周りの力を借りながらも、少しずつ立ち上がっていく姿には、夢中にならずにはいられませんでした。
ブルゴーニュに移ってからの生活は、何度も心惹かれるシーンがありました。
あれほどまでに闇落ちしたふたりの最後は、もうできすぎくんです!
キレイすぎるエンディングだけど、フランソワにはやはり舞台しかなかったでしょうし、私も立ち上がった先の光景は、舞台であってほしかったです。
「立ち上がる時」、タイトルもよかったですね。
苦手分野の内容でしたが、2作ともしっかりとした読み応えで、大満足の読書となりました!
Posted by ブクログ
本書『立ち上がる時』は、2026年本屋大賞の翻訳小説部門で第1位を受賞しました『空、はてしない青』の著者メリッサ・ダ・コスタの作品です
『空、はてしない青』は、若年性アルツハイマーと診断され余命2年を宣告された青年が最後の旅に出る感動作です
死に向かっていくなかで描かれている感情や描写、その美しい静けさが印象的でした
一方、『立ち上がる時』は荒々しい感情が感じられる一冊です
パリ代表する舞台俳優としてキャリアの絶頂にいたフランソワ
美術系の学生で、劇団を愛し、劇場の案内係をしているエレオノール
激しい恋に落ちたふたりは肉欲に溺れ、周囲の心配をよそに、フランソワは妻と離婚してエレオノールと暮らすことになる
その矢先、フランソワはバスにはねられ下半身不随になってしまう──
そこからはふたりが再生していくまでの出来事が描かれています
それは美化された物語ではありせん
下半身が麻痺している感覚、仰向けに寝たままの病院生活、過酷なリハビリ、一変する性生活、車椅子に適合していない環境、他者への依存、連絡が途絶えていく友人たち…
その中で、苦しさに耐えられず現れてくる暴力的な感情、激しい怒りの数々、相手のことを思えば思うほど生まれる気持ちのすれ違い
この辛さに私自身、何度本を閉じようかと思ったことでしょうか
しかし、読む手が止められませんでした
ふたりの再生に向かって、「よっこらしょ」と立ち上がる時もないままに上巻364ページ、下巻357ページを一気読みです
きっとメリッサ・ダ・コスタは伝えたかったのだろうと思います
立ち上がる時は「よっこらしょ」のかけ声も大事だが、誇り高く、美しく、凛として立ち上がりなさい
病気や障がい、さまざまな困難にぶつかっても信じた相手とともに立ち上がりつづけなさい
と
Posted by ブクログ
訳者あとがきにもあったけれど、この物語はレジリエンス(心理学では精神的回復力)の話だった。
ストーリーはシンプルで、タイトルどおり「立ち上がる」話だけれど、とにかくその過程が丁寧に描かれた大作。
結末はタイトルから想像できてしまうのに、その過程に心を揺さぶられる。
読後に振り返ってみると、レジリエンスの要素が散りばめられていて、例えば、
・近くで支えてくれるパートナーがいること
・自身のやるべきことや役割があること
・未来の目標があること
・同じ苦しみの中で少し先を行くモデルがいること…
この本で読書会をするなら、「なぜフランソワは立ち上がれたのか」をテーマにやってみたい!
「なぜエレオノールは立ち上がれたのか」もありかも。
Posted by ブクログ
事故によって下半身不随となった俳優フランソワ。その絶望感は計り知れない。それまでの人生を突然奪われ、自分の身体も、仕事も、これからの人生も何もかもが変わってしまう。そんなフランソワを、レオはそばにいて支えようとする。
けれど、読み進めるうちに「この2人はもうダメなのでは」と思う場面が何度もあった。二人はあまりにも傷つけ合う。それなら、いっそのこと別れたほうがいいのではないか、と。
それでもレオは別れることを選ばない。
もしかしたら二人は、傷つけ合っていたのではなく、お互いの弱さや醜さ、怒りや絶望までさらけ出し、「こんな私でも、こんな俺でも、それでもそばにいてくれるのか」と訴えていたのかもしれない。
けれど、二人だけではきっと潰れていただろう。レオには一人の時間や両親のもとに戻る場所があり、フランソワにも気持ちを受け止めてくれる人がいた。
愛する人がどれほど大切でも、その人一人ですべてを支えることはできない。支える側にも、支えてくれる誰かが必要なのだと思う。それも「支えてあげる」と前面に出るのではなく、「いつでも来たらいいよ」と、さりげなくそこにいてくれる人。
愛があればすべてを乗り越えられる、という物語ではない。愛していても疲れるし、憎らしくなるし、逃げたくなる。それでも、そこからどうやって立ち上がっていくのか。
「元には戻れない。でも、それでもここから生きていく」。そんな再生の物語。
そして、何よりかっこいいと思ったのが、フランソワの元妻イサベル。自分を裏切った二人に怒りや憎しみを抱きながらも、最終的には二人を支える。
「赦す」とは、過去の傷をなかったことにすることではない。傷つけられた事実を抱えたまま、それでも目の前の人を見捨てないことなのかもしれない。
読み終えて、ふと思いました。
私にはそんな居場所があるのだろうか。
そんな居場所になれるだろうか。
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