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清王朝の皇帝としてまず名が挙がる、康煕帝と乾隆帝の間に即位した第五代皇帝雍正帝の評伝。ガチガチな学術書のような体裁だが、小説のような軽いタッチの文章で読みやすい。
組織の末端まで把握して独裁政治を機能させるため、官吏から私的に上奏させ、それに対する意見や指摘、添削を朱書きで返送する制度には驚かされる。それをまとめた雍正硃批諭旨には率直な言葉で褒めたり批判したり罵倒する雍正帝の意見が残されており面白い。真面目な独裁皇帝という極めて属人的な政治手法だが、雍正帝の治世が13年で終わらずに続いていたら、唐王朝の玄宗などのように治世前半の英明さと相反して後年には政治に膿む、又は後漢の光武帝のように最後まで完璧皇帝であったのか、興味は尽きない。夜遅くまで政務に当たり大量の上奏文に目を通して硃批を書き込む、皇帝以外に特権階級は存在しないという考えから奴隷を解放、太子密建を確立して暗愚な皇帝の排出を防ぐなど、皇帝としては極めて勤勉で優秀だが、こんな人の部下は大変だろう。「雍正帝の政治は正に善意にあふれた悪意の政治」は言い得て妙。古代から独裁政治で統治されていた中国は未だにその影響から逃れられていない。
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宮崎市定氏による「雍正帝」の本。
清朝に詳しくないのだが(中国史全般にいえるが)、それでも筆者の詳しい記述により、興味を持って読めた。
もちろん、難解な部分もあったが、それは、自分の勉強不足のせいだろう。
予備知識があれば、もっと素晴らしい本になっているはず。
世界史的に言えば、康熙帝と乾隆帝に挟まれているので、地味な存在なのだが、この雍正帝の功績によって、清朝の統治が完成したといってもいい。
生活に苦しむ民衆に善政を施す、これこそが絶対君主の天命であるという強い意志と、行動力、権力をもつのが雍正帝だった。
前書きより。
「そして彼ほはこれらの名君と優に比肩し得る治績を挙げた。おそらく数千年の伝統を有する中国の独裁政治の最後の完成者であり、その実行者であったといって過言ではない。」(10ページ)
他のレビューにもあるが、雍正帝による「雍正硃批諭旨」。その解題も必読。
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ちょうどBSフジで毎日午後5時から清朝第5代皇帝雍正帝の後宮を舞台にしたドラマ「宮廷の諍い女」が連載中である。これがなかなか面白い。清代の後宮の様子が赤裸々に語られており歴史の一部を垣間見るようだ。
清朝では康煕乾隆と言われ雍正の父子の統治期間が長く、雍正のそれが13年と比較的短いためか忘れられるか或いは無視されがちだという。しかし著者の宮崎先生に言わせると雍正帝は非常に真面目にしかも精力的に政治を行い、中国での独裁体制を作った人物だそうだ。
雍正帝自身が著した「雍正朱批諭旨」(『朱』は正しくは〔石〕偏に〔朱〕)が雍正帝の政治手法を最も良く表しているという。臣下の上奏文(正しくは『奏摺(そうしょう)』)に帝が朱を入れて訂正したり批判を加えているものを本にまとめて出版したものだ。
雍正帝の時代に確定された清朝の政治方針に三つの大きなものがある。
1.皇太子密建の法
2.軍機処の創立
3.養廉銀支給の原則
君主体制の下では3代目に重大な転換期が訪れると言われるそうだが、清朝が中国に入ってからは雍正帝がちょうど3代目に当たる。独裁君主制にひた走った雍正帝であるが、次の4代目乾隆帝になるとことごとく以前の体制に戻ったそうである。雍正帝の強い意志があったからこそ保ち得た体制であった。
ドラマでは大将軍年羔堯(ねんこうぎょう)を失脚させるための策略や、その妹で帝の寵妃であるがあまりに残虐であった年妃を自害に追い込むやり方など、なかなかに冷酷な人物であることも確かだ。この辺はドラマも史実もあまり違わないのではないだろうかと思わされる。
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『甄嬛傳』をみてすっかりはまり、雍正帝とはどんな人だったのかが気になって買ってしまった。きっとマニアックで難解なのだろうなと思って読み始めたが、予想外に大変読みやすかった。
本書は、1950年に出版された同題の岩波新書と、1957年の論文「雍正硃批論旨解題 - その史料的価値 -」を一冊にしたもので、両文章とも元は岩波書店『宮崎市定全集』巻14に収録されていたらしいが、同題の岩波新書はすでに絶版。
雍正帝についていくつかの角度から観察しているが、全体を通して「摺子」が頻繁に現れ、本書の主眼がこの「摺子」にあることがわかる。
著者は雍正帝について研究しているうちに『雍正硃批論旨』なる出版物の存在を知り、読み始めたところ面白くてとまらなくなり、同好者を募って研究会を催し、ついには正式な組織となった。
そこまで筆者の心を鷲掴みにした『雍正硃批論旨』とはどうゆう内容だったのか、というのが豊富な例文を引きながら紹介されているのが本書。惜しむらくは、実物の写真がないこと!これは講談社の怠慢。
しかし、語り口調があまりに軽快な上に、可也細かい経緯や背景まで書かれているので、正直どこまでが歴史でどこからが空想なのかわからないところがあった (特にスーヌのくだり)。しかも本編には一切参照文献が挙げられていない。
そう思って巻末の解説を読んでいると、なるほど、あのスーヌの章は、フランス滞在中に買った『イエズス会書簡集』を参照したらしい。あの頃の世界情勢が著者を中国から遠ざけたようにみえて、実際は廻り道してさらにマニアックな知識を得ていたというあたり、歴史学者のまさに鑑。
第一章はどうやら清實錄の康熙朝實錄からいくつか引用しているらしい。
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宮崎市定『雍正帝ー中国の独裁君主』を読む。
本文はもちろんのことながら
併載論文「雍正硃批諭旨(ようせいしゅひゆし)解題
ーその史料的価値」が面白い。
解説を書いている宮崎の高弟・礪波護の発案で併載が実現した。
康煕帝、乾隆帝にはさまれ
中国史において目立たぬ存在であった雍正帝に宮崎は光を当てる。
雍正帝が発明した「奏摺(そうしょう)」という
コミュニケーションの仕組みに着目したい。
地方の文官武官223名に直属上司を通さず、
直接天子に報告を上げさせる仕組みだ。
彼らは本来であれば天子に直接上奏する立場にない。
だからこそ雍正帝は地方の事実を自分の耳目でつかみたかった。
鍵のついた小箱4つをひとりひとりに持たせ、
合い鍵は雍正帝自らが持つ。
のべ数百の小箱が常に地方と中央を行ったり来たりして
公式文書とは異なる親展状として天子に届けられる。
驚くべきはそのひとつひとつの報告に
天子が朱字を入れ、部下それぞれに返信したことだ。
「雍正硃批諭旨」はそのやりとりをまとめた書である。
その読み解きに宮崎は注力したのだ。
官僚をいかに使いこなすかは
清王朝、雍正帝だけの問題ではない。
現代における世界各国、日本のどの政権も同じ問題を抱えている。
コミュニケーション改革を統治改革に結びつけた雍正帝の創造性。
そこに着眼した宮崎の書は
60年以上前の著作とは思えない鮮度を今も持つ。
(文中敬称略)
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