無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
中日新聞、東京新聞など連載で感動を呼んだ話題作!
痛みよ、希望よ、届け
「能登は遅れている」――いわれなき非難に押し込められる小さな声。
「比べたら、あかん」教師・小野寺は、被災地の小学校で子どもたちやその親たちが抱える、苦悩と希望に向き合い続ける。
2024年1月1日16時10分――。巨大地震が能登半島を襲った。
その時、元教師・小野寺徹平は、かつての教え子が女将をつとめる旅館に滞在していた。おとそ気分は吹き飛び、恐怖と不安の中で迎えた「最初の夜」、小野寺はこれから始まる被災地の日々を思い、心が沈んだ。
阪神・淡路大震災で家族を失い、東日本大震災で応援教師として被災地の子どもたちを励ましてきた小野寺には、能登半島で被災した人々の長い苦悩の道が痛いほど分かったからだ。
つらく苦しい非日常との闘いが始まる一方で、社会からの関心は徐々に希薄になり、過去の震災の被災地と比べられ、「復興が遅い」「無気力」と責める声すら上がる。
小野寺は再び被災地で、子どもたちと向き合う決意をする。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
教師を退職して10年以上経つ小野寺徹平は,かつての教え子・萌葱が若女将をつとめるえびす温泉郷――和倉温泉郷がモデル――旅館・翁木屋で,年末年始を迎えていた。小野寺とかつての教え子とその家族たちとの避難生活が始まる。
物語の小見出しを紹介すると,「おかしも」「きのどくな」「ととらく」「おそすぎ」「ぬしや」「あめあめふるな」,そして本書のタイトルである「ここにいるよ」となっている。
「おそすぎ」は,能登の復旧・復興のスピードが遅いことに対する言葉であり,わたしも地元民からも親戚からも聞いたことがある。とくに,奥能登住民じゃない人からの方が多かったような気がする。
物語に戻る。ラポルトすずで開催された「珠洲市復興未来シンポジウムVOL.1」というシンポジウムに参加した地元(珠洲市出身で,発災後はえびす温泉の近くの小学校に通っている)の少女(小学5年)の言葉をとおして,「おそすぎ」に対する違和感が述べられる。その部分だけ紹介してもいいかな。
「先輩たちのお話を聞いて,私は胸が苦しくなりました。どうして能登の地震を他と比べるんですか。能登は能登で,ちゃんと頑張っていると思います」(本書,129ぺ)
このあと,引率者と少女は,少女の希望で珠洲市狼煙町にある禄剛埼灯台へと登る。わたし,この場面で,一番涙腺が緩んでしまった。
Posted by ブクログ
真山仁には、東日本大震災の被災地を舞台にした震災三部作がある。
その震災三部作の主人公は、阪神大震災で被災した教師小野寺。小野寺は東日本大震災の被災地で応援教師として子供達と向き合う。
2024年の元旦、教え子が女将をつとめる能登半島のえびす温泉(和倉温泉と思われる)の旅館で能登半島地震に被災し、そこで小学校を立ち上げる。
この作品単独でも読めるが、やはり、震災三部作を読んでいた方がよりこの作品を理解できる気がする。
この作品を読んで思うのは、復興というのは大変困難を伴うということ。
被災の度合いも人それぞれ。地元に対する思い入れも人それぞれ。
復興に対するビジョンも人それぞれで、合意を得るのは大変だということだ。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸