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Posted by ブクログ
難しい内容だったけど、割とあっという間に読めた。
1920年代のこういった劣悪な環境での労働があたりまえのようになされていたのかと思うと、本当に悲惨で恐ろしい。蟹工船の中の、ムッとくる臭いや、糞壺の中で虱や南京虫に這回される夜、凍てつく寒さや船の揺れなどが生々しく感じた。
いつか殺されるのではなく、今すでに少しずつ殺されているという表現が印象的。
過去のものに思われるけど、どこか一部は現代日本にも通じるものがあると思った。
そんな絶望の中でも労働者たちが皆で一致団結して共通の敵と立ち向かう姿が、希望に向けて諦めずに戦う強さや大切さを教えてもらえた気がする。
Posted by ブクログ
蟹工船に集められた人たち。
彼らは日雇い労働者のようなもので、かつては土地の開墾や炭鉱で働き、たまたま今回はここに流れ着いた。
淡々と描かれる労働の描写は返って凄惨さを増す。
ひどいの一言では済まない感情が湧く。
炭鉱で働いていた祖父を思う。
昔々の話ではない。まだこのような状況が残っていたに違いないのだ…
戦争だけが祖父母の代の代名詞ではない。
過酷な過去を背負い、生きていくのはどんな心情だったことか。いくら年月が過ぎて幸せを手に入れても、拭いきれない思いがあったはず。
一般的にはプロレタリア文学として知られる本書であるが、個人的にはそんな想いを起こさせる小説だった。
Posted by ブクログ
小林多喜二の「蟹工船」と「一九二八・三・一五」を読んだのは約30年前。
30年前も岩波文庫で読んだが、今度はワイド版岩波文庫。
最初に読んだときは、
漁夫たちは寝てしまってから、
「畜生、困った! どうしたって眠れないや!」と、体をゴロゴロさせた。「駄目だ、伜が立って!」
「どうしたら、ええんだ!」―終いに、そういって、勃起している睾丸を握りながら、裸で起き上がってきた。大きな体の漁夫の、そうするのを見ると、体のしまる、なにか凄惨な気さえした。度肝を抜かれた学生は、目だけで隅の方から、それを見ていた。(蟹工船 p56)
のような強烈な描写に圧倒され、それが小林多喜二の作品のイメージになっていたが、今回読んでみて、特に「一九二八・三・一五」のあちこちで繊細な描写や叙情性とユーモアのある表現に出会って、彼がどれだけ作家としての才能と可能性に恵まれていたかが分かった。
真夜中に警察に踏み込まれ連行される父の姿を、娘の幸子が寝たふりをしながらそっと眺めているシーン。
力一杯に襖が開いて、父が入ってきた。後ろから母がついてきた。五人は次の間に立って、こっちを向いている。
「ズボン。」
父は怒った声で母にいった。母は黙ってズボンを出してやった。父はズボンに片足を入れた。しかし、もう片足を入れるのに、何度も中心を失ってよろけ、しくじった。父の頬が興奮からピクピク動いていた。父はシャツを着たり、ネックタイを結んだりするのにつッかかったり、まごついたりして―殊にネックタイがなかなか結べなかった。それを見て、母が側から手を出した。
「いいいい!」父が邪険にそれを払った。父は妙に周章てていた。(一九二八・三・一五 p148)
ふと―幸子は分った気がした。それもすっかり分った気がした。「レーニンだ!」と思った。これらのことが皆レーニンから来ていることだ、それに気付いた。色々な本の沢山ある父の勉強室に、何枚も貼りつけられている写真のレーニンの顔が、アリアリと幸子に見えた。それは、あの頭の禿げた学校の吉田という小使いさんと、そっくりの顔だった。(同 p149)
娘のことを夢に見る父親。
「お父さんはねえ、学校の人と一緒に旅行に行くんだよ。」
幸子が黒い大きな眼をパッチリ、つぶらに開いて、彼を見上げる。
「おみやに何もってきて?」
彼はグッとこたえた。が、「うんうん、いいもの、どっさり。」
と、幸子が襖の方へ、くるりと頭を向けた。彼はいきなり両手で自分の頭を押さえた。ピーン、陶器の割れるその音を、彼はたしかにきいた。彼は、アッと、内にこもった叫び声をあげて、かけ寄ると、急いで幸子の懐を開けてみた。乾葡萄ををつけたような乳房の間に、陶器の皿のような心がついているー見ると、髪の毛のようなひびが、そこに入っているではないか!」(同 p180)
この部分のイメージは、ちょっとありきたりな気がするが、それにしても、警察権力による拷問を内容とする作品にもかかわらず、陰惨な印象はあまりしない。作者の労働運動に対する希望と確信から来るものだろうが、豊かで瑞々しい表現力によるところも大きいと思う。
それだけに最後の二章が編集者の蔵原惟人氏の判断で除かれ、原稿が戦争で消失してしまったことは実に残念。
Posted by ブクログ
メモ
・独特な言い回しに苦戦
・資本主義と帝国主義の関係
・赤化が歴史で習ったようなマクロなレベルでなく、一人一人の労働者から見たミクロなレベルで描かれている(教科書で学ぶのとはやっぱりちがう)
・はじめは、皆同じように不満を抱いているのに、資本家に対して何も行動を起こせず、過酷な労働環境を受け入れ、病を抱えていく労働者たちに対してもどかしさを感じた。しかし、そのように思うのは私自身が「資本主義」と「社会主義」という枠組みを当然あり得るものとして認識、学習しているから。当時の労働者たちにはその知識が欠けていた。学びの大切さはここにあるなと。(→選択決定のプロセスに大きな影響)
また、不満を抱く労働者のなかでもヒエラルキーが存在し、その異なる階層のうち複数が強調して動くときに集団は大きく動くことをストライキが示していた。同時に、社会運動の匿名性の重要度を労働者たちが身をもって経験する点に情報の流入を統制する政府の大きな力を実感した。
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