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Posted by ブクログ
『神も仏もありませぬ』(筑摩書房)を読む。この佐野洋子さん、なんだかとっても面白い人。御歳65歳。鏡に映ったご自分の容姿にぎょっとしたり 過激な言葉を宣ってみたりと とても正直で、且つかわいらしいの。どんな女性なんだろう。豪快で繊細。文章も個性的で、所々 『_・)ぷっ』って笑える。ユーモアがあるんだね。
絵本『百万回生きたねこ』(有名なんでしょ?)を描いた絵本作家さん。この『神も仏も・・』は彼女のエッセイ集だ。
佐野さんは、生きていることにいくつになっても慣れきっていないところが素敵なんだよね。。冗談みたいなこと言いながらも、生きていくことに対して本当に謙虚。そして 歳とったなどとおっしゃってはいるが 今を生きているのよね。格好良くもある。子供みたいな瑞々しい感性にも、脱帽。佐野さんのように歳をとれたらなぁ。でもあんな風になれる人はあんまりいないだろうな。
結婚は何度かされていたらしいけれど、現在は軽井沢にお一人でお住いだ。以前は深大寺にお住いだったらしい。いろんな人に囲まれながら、人間っぽく 考えたり、あがいたり、楽しんだり、悲しんだり、笑ったり、泣いたり。
今日も佐野さんは、この空の下でそうやって生きているんだろう。こういう自由な人もいるのね。。。とナゼかすごく元気がでてくる本なのだ。生きていくのも悪くなさそ・・とそんな気にもさせる。佐野さんはいいよ。
Posted by ブクログ
なんて風通しのいい方だったのだろうと思う。裏表どころか前も後ろも横もなく、全方位ただ佐野洋子そのものであるというような。当時60代の著者、もう人生降りて死に向かって緩やかに下降していきたいと書きつつ(そして心底思っていたのであろうことはわかる)それでも花や山や人に心を寄せながら西軽井沢で過ごす日々が描かれている。山荘というシチュエーションもあるかもしれないけれど、佐野さんと武田百合子さんにどこか似通った部分を見る。媚びないウソ言わない感じたままを口にする、というあたり。
長嶋有さんが登場してちょっとびっくり。そういえば表紙、佐野さんだったなぁと思い出した。
飼い猫の死について書いた一編が心に残る。
Posted by ブクログ
画家で、「100万回生きたねこ」の作者としても知られる佐野洋子さんの63歳から65歳の頃に書かれたエッセイ。
63歳の佐野さんが88歳の痴呆の母親に年を尋ねたら「そうねェー四歳くらいかしら」佐野さん自身が衝撃を受けながらも同時に可笑しさが込み上げて来る様子が手に取るようにわかる。
佐野さん、その他に出てくる佐野さんの友人たち、すべての人たちが面白くて個性的に思える。それはそれぞれの人たちが魅力を持っているだけでなく、佐野さんのフィルターを通して描かれているからなんだろうなあと思えた。
生きていること、次第に年を取って心身ともに変化していくこと、老いていく自分に抗わず、ありのままに受け止めること。
真っ直ぐな心情が、読んでいて心に響いてくる。オイラもこんな風に真っ直ぐに年を取りたいものだなあと思う。
Posted by ブクログ
絵本の『100万回生きたねこ』の作者のエッセイ。
どんな人があの『ねこ』を書いたのかしらと、
興味がわいて読んでみました。
あのねこは・・・作者そのもの?
男性でも女性でも
ここまでスッパリと物事を言いきれる作家に初めて会いました。
この著書は、山村で暮らす自分の生活をもとに、
幼いころの思い出や家族のことなど、
日常の中での小さな出来事までも、鮮明に書かれたエッセイでした。
最初に驚いたのは、物事に対する考え方が実にストレートなこと。
過激すぎるほどストレートです。
婉曲やはぐらかすような表現はいっさいせず、
「○」か「×」か。「好き」か「嫌い」か。どちらかの表現のみなのです。
自己中心的な発想の仕方といえば、それで終わりなのですが、表立って自分の意見をはっきりと主張できる人が少ない現代、このような大胆すぎるほどの発言で意表を突いた文章を読むと、本当にすっきりします。
自分の人生観、世相感もなんだか少し見つめ直したくなりました。
いい子ぶらずに本当の自分をさらけ出すことが
気持ちのいい正直な生き方なのだなと思いましたので。
Posted by ブクログ
”そして、私は不機嫌なまま65歳になった。”
”7歳も40歳も今でも同じでただ私が驚いている”
と。
老いや物忘れの日常を、構えなく綴る。
時々深刻で時々さびしかったりもするけれど、ほとんどあっけらかんと可笑しい。
たぶんそうなんだろうな。
”金の心配をしながら、90まで生きたらどうしよう、呆けたらどうしようと、暗闇に突っ込まれた様になったが、ひどくたびたび突っ込まれても、考えたからって、どうなるものでもなかった。一生懸命心配しても呆けない保証もなく、もしかしたら102歳まで生きてしまうのを止める事も出来ず、今運よく心臓発作におそわれるかもしれない。しかしそれは人の力をこえる事だった。”
そうなんだ、テキトーなところで去りたいものだけれど、長生きしちゃったらどうしよう、自分では選べない。心配してもしょうがない。
「いつ死んでもいい、でも今日でなくてもいい」の境地?にたどり着き、意味もない小さいことに”ヘラヘラ”喜びたい。
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小説・文芸
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