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Posted by ブクログ
靖国神社に関して、基本的なことも分かっていなかったことを痛感する。
靖国神社は明治時代に出来た神社。戦争が出来る帝国主義を継続させるために出来た。死を嘆かず、むしろ死に赴きたくなる装置だ。
中国や韓国などのアジアからの批判以前に、首相の参拝は国内問題として取り上げられていた歴史を有する。
中曽根はA級戦犯の合祀取りやめに積極的だった。合祀のために厚労省から名簿が靖国神社に流れていた事実も知らなかった。
同じ様な施設が歴史や洋の東西を問わず存在していること。
国立追悼施設を作るだけでは、かえって第2の靖国が出現しかねないこと。すでに千鳥ヶ淵や沖縄の平和の礎でも、その傾向が見られていること。
今読んでも力作である。ただ最後の憲法9条を活かそうと言う主張のみが現在では少し白々しく感じる。中国・ロシアの侵略的傾向、アメリカの世界戦略の縮小によって、バランスオブパワーを越える平和戦略が見いだせないからだ。
蛇足:本書では当たり前に「合祀」という言葉が使われている。合祀はてっきり遺骨などが納められているのかと思っていたら、よくよく調べると、名簿に名前が書かれているだけという。ぽかーんである。それをめぐって裁判しているのか。。。
Posted by ブクログ
"靖国神社への参拝は、なぜ問題となるのかを整理する目的で本書を手にする。この本は、歴史家ではなく哲学者が論理的に伝えることに重きをおいたもの。
1.感情の問題
当時、戦死による悲哀を幸福に転化していく装置が靖国神社だった。
戦死者の追悼ではなく、顕彰こそが本質的な役割。
(追悼とは、死者を偲び悼み悲しむこと。
顕彰とは、功績などを世間に知らせ表彰すること)
2.歴史認識の問題
A級戦犯の分祀が実現したとしても、政治決着にしかならない。靖国神社への歴史認識は戦争責任を超えて植民地主義の問題として捉えるべき
3.宗教の問題
4.文化の問題
5.国立追悼施設の問題
歴史を再び学びたくなった。山田風太郎の戦中日記など後に読むきっかけになった。"
Posted by ブクログ
今度の戦争で死んだ人々を悼むことは当然の感情だが、それを英霊化したり、なぜ死ぬことになったのかという原因を考えない追悼は危険だ。公の悼み方には違いがあってもいいのではないか。それに靖国は明治以来政府に反抗して死んだ人たちはまつっていないし、まつってほしくないと思っている人たちも勝手にまつっている。また戦争を起こした人たちも、赤紙で行かされ死んだ人たちもいっしょにまつられている。これでは今度の戦争の責任はいっそう曖昧になるばかりだ。日本人の伝統は死んだらみんないっしょというのも怪しくなる。靖国問題を感情、歴史認識、文化等の観点から総合的に論じた好著。
Posted by ブクログ
高橋哲哉(1956年~)氏は、東大教養学部卒、東大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学、南山大学文学部専任講師、東大教養学部助教授、東大大学院総合文化研究科教授等を経て、東大名誉教授。専門は現象学、言語哲学、倫理学、政治哲学。
本書は、毎年太平洋戦争終戦の時季になると話題に上がる(特に、首相が参拝をした年は)、いわゆる「靖国問題」について、様々な視点から考察したものである。
内容は概ね以下である。
◆感情の問題・・・靖国神社とは、国家的儀式を伴う「感情の錬金術」によって戦死の「悲しみ・不幸」を「喜び・幸福」に転化するシステムにほかならない。その本質的役割は戦死者の「追悼」ではなく「顕彰」である。このシステムから逃れるためには、戦死を「喜ぶ」のではなく「悲しむ」だけで充分である。
◆歴史認識の問題・・・靖国問題の歴史認識は、「A級戦犯合祀」の問題としてのみならず、太平洋戦争の戦争責任を超えた、日本近代を貫く植民地主義全体の問題として問われるべきものである。よって、仮に「A級戦犯分祀」が実現したとしても、それは中韓との政治決着にしかならない。
◆宗教の問題・・・これまで首相や天皇による(宗教法人である)靖国神社の公式参拝を合憲とした確定判決はなく、それは日本国憲法の政教分離規定に抵触していることを示している。政教分離規定は、神道が「国家神道」となって事実上の国教になることを、歴史的反省を踏まえて防ぐためのものであり、その改定はあり得ない。他方、靖国神社の宗教性を否定して特殊法人化することは、靖国神社が戦死者の「顕彰」の活動(=宗教活動)を止めるわけにはいかない以上不可能であるし、それは、かつて国家神道を「超宗教」と位置付けた「神社非宗教」の復活にもつながる、危険な道である。
◆文化の問題・・・日本の文化の根源には「死者との共生感」があり、それを首相や天皇の靖国参拝の根拠とする考え方があるが、靖国神社には「天皇の軍隊」の敵側の死者が祀られた例はなく(戊辰戦争等を含め)、それは国家の政治的意志を反映していることにほかならず、文化論的アプローチには限界がある。
◆国立追悼施設の問題・・・「無宗教の国立戦没者追悼施設」の新設は、追悼や哀悼が個人を超えて集団的になっていくことにより、「政治性」を帯びてくるというリスクを孕む。そうした移設が意味を持つ大前提は、日本国家としての、過去の戦争責任の認識と、非戦・平和主義の確立の二つ。即ち、「政治」が施設をどう使うのかが全てなのである。
靖国問題は、極めて複雑な問題である一方、感情的になりやすい性格の問題である。そうした中で、自分の考えを持ち、様々な議論に参加していくために、複雑な論点を整理・理解することは欠かせない第一歩である。
そういう意味で、著者が最終的に導き出す結論めいた見解への賛否はともかくとして、論点が列挙されている本書は一読するに値する一冊と思う。
(2023年1月了)
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