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本番当日に失踪した舞台女優と数年ぶりに再会した脚本家の心に去来したものーー都会の片隅で生きる人々の埋もれた「真実」が明かされるとき、過去の重みが忍び寄る。佐々木譲が贈る珠玉のサスペンス。
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Posted by ブクログ
佐々木譲『降るがいい』河出文庫。 13編収録の様々な人びとの人生模様を描いたサスペンス短編集。1編1編の扉に。佐々木譲による短編の内容を連想させるモノクロ写真を収録されている。 流石はベテラン作家、人生の機微を知っているようだ。1つ1つの短編に味わいがあり、丁寧に噛み締めながら読みたい短編ばかり...続きを読むである。 『降るがいい』。表題作。人生を左右するような濃密な時間をさらっと描いてみせる手腕に驚く。誰に恨む訳でなく、世の中の全てを恨むような男の最後の台詞がタイトルになっている。御用納めの日、雪が降りしきる中、加藤孝志は最後のメールを送って来てから何度電話しても、着信拒否する相手の居所を探る。相手の姿は2軒目に入ったワインバーのカウンターにあった。 『迷い街』。誰にも一度だけしか見たことのない忘れられない景色がある。二度と出会えない景色を追い求めることは人生に於いて意味があるのだろうか。主人公のわたしはイタリアのホテルの5階にあるレストランで吉川冬樹という老人に話し掛けられる。吉川は3年前にスケッチ旅行でこの街を訪れ、その時に見たトラットリアの中庭の景色が忘れられず、その中庭を探しているのだと言う。 『不在の百合』。人生に巡って来たチャンスを物に出来るか否かでその後の人生が決まる場合がある。チャンスを逃したから、その後に悪い人生が待ち受けるのかと言えば決してそうではない。新宿三丁目の小さな劇場で初日だという演劇が突如休演になる。主役を務める女優の大塚百合が倒れたのだ。4年後、その演劇で脚本を担当した新井透は女優を引退した大塚百合と偶然出会い、その時に起きたことの真相を知らされる。 『隠したこと』。人間の縁とは思わぬ形で思わぬ結果をもたらせることがある。主人公は何を隠していたのか気になりながら、読み進める。ある日、安藤章一は同じ業界で働く清水真知子が亡くなったことを彼女のアドレスから送られたショートメールで知らされる。彼女とは9ヶ月前に飲んだのが最後だった。 『反復』。仕事の同僚や幼馴染、趣味で知り合った友人とどう付き合うのが正解か。友人や知り合いと言えど、他人に過ぎない。少なくとも金銭的な支援をするのなら、それなりの人物でないと嫌な関係になりそうだ。森田秀一のかつての部下の二宮淳史はなかなか再就職先が決まらず、貧困に喘いでいた。森田は何度か金銭的な支援をするが、二宮は就職先に妥協することもなく、再び新しい女性と同棲しようとしていた。そんな二宮に森田は…… 『リコレクション』。こちらも仕事の同僚同士の話なのだが、納得のいく支援の仕方であろう。新井裕也は肝臓の病気で写真家を引退し、生活保護を受けて暮らす佐久間潔のために佐久間が撮り貯めた写真からセレクトし、写真集にまとめてネットに公開することを思い付く。 『時差もなく』。同僚が退社するということは何度も味わった。様々な理由があって退社するのだが、殆どの理由は仕事や会社、或いは上司が嫌になったからだ。あの時、もう少し当人の気持ちに寄り添ってあげれば、退社しなかったのだろうかと考える時がある。村井裕一は、30年前に一緒に働いていた有能な森歩美という女性からSNSで連絡を受ける。歩美は当時の有笠という上司から虐められ、やむなく退社したのだ。村井もその4ヶ月後に退社した。30年という時差を埋める歩美の連絡に過去の思いに馳せる村井だった。 『ショッピングモールで』。最後の最後にオチがある。人間というのは簡単には変わることが出来ないのだろう。人間はそういう弱さを抱えているからこそ、苦悩するのだろう。かつて働いていた会社の社長が主催する会場に参加した緒方淳平。会社を円満退社して独立した淳平は何度か社長夫人である谷藤麻由美の相談に乗っていた。恩義のある社長にそれがバレるのではないかと気に掛かる淳平。 『遺影』。仲の良い長年の同級生仲間に生じた亀裂の正体。イヤミスのような雰囲気もあるサスペンスフルな短編である。ステージ4の癌で亡くなった哲郎の大学時代の同級生、星野智恵美。智恵美の夫の裕二もまた同級生で、同級生仲間で裕二を慰める会が開かれる。 『分別上手』。結末を招いたのは主人公の江上寿美子の意趣返しなのか。寿美子の過去を思えば、そういう荒業に出たのも理解出来る。75歳になっても生活のためにビルの掃除を仕事にする江上寿美子は担当のビルに住む三井田という男に会う度に挨拶をするが、無視されてばかりだった。ある日、寿美子は三井田が若い女性と共にエレベーターを降り、出勤するところに遭遇する。 『褒章と罰』。男女の仲というのはなかなか難しく、一筋縄では読み切れない。高校の同級生、藤堂秀一の藍綬褒章受章を祝う会に出席した大野英樹。藤堂は高校時代に英樹が付き合っていた理恵を奪った男だった。理恵が亡くなると藤堂は浮気相手と再婚した。 『三月の雪』。雰囲気が良い。主人公の千晶の嫌な過去がクラシックギターの音色で消されていく。雪の降る三月の夜。千晶が切盛りするバーには開店から誰一人として客は来なかった。そこに突然、ギターを弾かせて欲しいと青年がやって来る。思い掛けず、店内で始まるクラシックギターのライブ。 『終わる日々』。家族の縁は消えることはない。北海道に住む父親と長い間疎遠だった中島敏夫は父親がウイルス性の肺炎で長くはないという連絡を妹からもらい、病院に駆け付ける。複雑な家庭の事情で苦労していた父親。敏夫は父親と会話し、父親の思いを知って長年のわだかまりが消えて行く。 定価858円 ★★★★★
解説で書いてくれているように、13の短編全てが「未遂」に終わる。 一つ目は読んでて転けそうになったくらい拍子抜けしたように思ったけど、全部読み終わってみると、表題作だけあって、実は一番、この後どうなるだろうと思わせる話だったのかもしれない。ともかく、面白かった。
初期の短編集に通じる人間関係の機微を描いた物語。 このようなテイストの作品ももっと書いてほしいと思った。
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佐々木譲
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