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Posted by ブクログ
近年は「こころの時代」ともいわれるほど、「生きにくい」社会だと思う。高度経済成長からグローバル化社会に突入し、日本経済自体も成長路線から停滞路線へ、個々の価値観も多様化している。本著ではこの価値観の多様化が、会話のテンプレートを崩壊させ、コミュニケーション不全が安易に「キレる」というコンクリフトを起こしている。こうした状況が本著でいう「上から目線」を作っている。
この「上から目線」化は日本語がもつ「上下構造」から生み出されるというのも驚きだった。関係性が言語からもつ特質というのは新たな発見ではあるが、同時にこうした新たな知見を例えば国語教育の中に位置付けるなどの社会教育的なところにつねげるべきだろう。個人的には会話だけでなく、メールやSNSなどのIT化の促進によって、言語の向こう側にある情報リテラシーやコミュニケーションの取り方、背景にある歴史・文化・思想・宗教などの幅広い知識をもつことが今後の社会では重要になってくると考える。コミュニケーションというもののもつ必然性、特殊性を改めて考えさせられた。
Posted by ブクログ
上から目線の現代
「上からだな」。
そんなことを言われたことが何度かある。
私自身は誠実に対応していたつもりだったが、受け取った側にとってはそうではなかったようだ。
こらえつつも、そういうあんたの方が「上から」じゃないか、そう感じたものだ。
そんなやり取りの中、一体「私」と「あなた」の間には何が起きているのだろうか。
著者はその理由を、会話のテンプレートの消滅にあるとしている。
今まではとりあえずの無難な会話で、良くも悪くも「流す」事をしていた。
それが価値観の応酬になってしまい、真っ正面からぶつかり合うようになってしまったというわけだ。
なるほど、確かにそれはあるだろう。
どうやって会話を進めたらいいかわからない、でも相手の言っていることは自分とは相容れない、相手が主張するのだから自分だって主張していいはずだ.....
それが互いに譲り合うことをしないものだから、双方何とも腹立たしい気分になる、というわけだ。
事はテンプレートの有無だけの単純な問題ではないだろうが、価値観を認め合う文化が創られる前に、多様な価値観だけが増大してしまったということだろうか。
著者が示す、何もかも対等であればいいというわけではない、この指摘は真っ当なものだ。
タテマエとしては、皆が平等で、誰も見下してはならないしその権利もない、ということになるのだろうが、それをやればやるほど人間関係がぎすぎすしたものになっていく。
私が私が!このやり過ぎはかえって不平等を生み出すのではないか?
「上から目線」に着目した点は斬新だ。
例示も多く読みやすい。
しかし、何もかも上から目線がもたらしたといってしまうのは、いささか乱暴な気がする。
多少同意できない点はあるものの、現代の人間関係を考察するものとしては面白い。
Posted by ブクログ
上から目線とは「現場、実態も分からないのに勝手なことを言う指導者」「分からない人に対して、偉そうにもの言う態度」に対する批判めいた言葉である。日本全体の空気が、この批判を恐れていると著者は言う。
政治の世界で、現与党の民主党を見てみると「小沢的 ビール箱演説の演出」 「鳩山的 ”国民の皆様方の・・・・・させて頂きます”口調」 確かに、視線を徹底的に下に下に落として批判を受けないようガードをしている。
しかし、そろそろその空気も終わるだろう。実行力の無いだけで、下から目線をしておけば間違いないだろう的な姿勢はスキャンダルこそ逃れるものの人気は上がらない。橋下市長に人気が集まるのように、実行力のある指導者であれば上から目線でも構わないという空気に変わりつつある。
日常生活では、「正社員- 非正社員」 、「一部上場ー非上場」、「出身大学の序列」 のような上下関係を匂わせるような発言はタブーとされると著者いう。 これは世の中の風潮以前の問題な気もするが、著者のいうことでもっともなのは、人との関係を会社名や役職、出身校等で判断する部分する下らなさをつぶやいていても非生産的であるという点。
人間の関係に上下関係ができるのは当たり前なのだから、まずは「すべての人が対等である」という精神的な意味での前提に立つ、その上で局面局面で必要な上下関係は生産的な行動を生む為にも必要である。 理解ある上司や、分かったふりの上っつらの人間関係では何も生み出さない。
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