イエス生誕前まで「神の国」の担い手はユダヤ人であり、律法だった、しかしイエス以降、人類は律法に変わって、福音(イエスやその使徒たちの教え)より導かれることになる。そして週末と最後の審判を経て「神の国」が到来する、と、
アウグスティヌス(4世紀5世紀活躍した古代、キリスト教最大の教父)が、神の国の歴史観の中で、キリスト教とユダヤ教の関連を書いている。ユダヤ人はイエスを殺しメシアであると信じなかったために、ローマ人に苦しめられることになったが、一方で世界中に拡散して、ユダヤの教典(聖書)によりメシアなるものがあり得ることがキリスト教徒の捏造ではないことを証言してくれるのがユダヤ人と言う考えのもと、神はユダヤ人を滅ぼさなかったとあるのが興味深い。聖書の力で、キリスト教の証言者としての存在感がある一方で、ローマ帝国以降、ユダヤは政治的独立を失い、非抑圧状態になるがそれはユダヤの行いが間違っていたことによると言う考え方。
ペルシャやイスラムの各王朝や権力ともユダヤ人は昔はそれなりに良い関係を保っていた。
イスラムとユダヤは偶像崇拝しないと言う点で近く、イスラムは同胞に利息をとる金貸しはしない規定があり、ユダヤは外国人には金利貸ししても良いと言うことになり、、しかし偶像崇拝者とは商取引禁止というハラハーがあり中世ヨーロッパで比較的キリスト教とうまくやれていたときには、偶像崇拝者からキリスト教徒を除外するとのレスポンサがラビから出る、など、歴史の面白さ、今だけのイスラム圏とイスラエルの対立を簡単にでっち上げで語ることはできない。
迫害社会の形成 ロバート・ムーア
迫害は十字軍によるエルサレム奪還、
キリスト教的正義感の盛り上がりの中で激しくなり、ユダヤ人だけでなくキリスト教徒でもハンセン病、同性愛、売春婦苦労者なども、排斥対象となった。長い歴史の中で、イスラムやキリスト教やその時々の帝国王朝権力のもと庇護されたり利用されたり迫害されたり権力と庶民の間のレイヤー、装置になったり、がさまざまな地域時代で繰り返される。
マイモニデス、
スピノザ、汎神論すなわち自然を含む宇宙のすべての存在が神をなすとする立場。それらを超越して、おそらく人間のような形で神は存在するとする伝統的立場と対立する考え方。神が気まぐれに自然を動かすのではなく、神はすなわち自然であるという考え方。この汎神論では自然の領域にも単一の法則が見出せることを言って、すなわちこの考え方は科学が前提。スピノザは合理主義をさらに進めたことで、伝統的なみかたをかなり否定した。マイモニデスのように聖書はなにかの比喩と考えたのと同じように。
アシュケナージと、スファラディーム。
ポーランド、と、オスマン帝国。
今でもウクライナでネオナチやユダヤ迫害がロシアからの攻撃の口実にされる
ウクライナにおける、ロシアにおけるユダヤ人の歴史
カバラー
神秘主義
ユダヤ啓蒙主義、ハスカラー
ポグロム ロシア語で、民衆間の集団暴力
常にユダヤ人がさらされる三者関係
社会や富の構造、構成の変化で変わるユダヤ人の立場、ユダヤ人への攻撃、、
クリスタルナハト、バビヤール、ナチファクター、ホロコースト
ソ連時代ハバロスク近郊ビロビジャンにユダヤ自治州実際にはユダヤ人移住は多くない
ユダヤ人はボリシェビキという偏見、クリミヤは候補になったがユダヤ人自治州にはならなかった。
「差別とは必ずしも蔑むことだけを意味するのではない。あるカテゴリーの人々が、一様に同じ性質を持つことを、当事者一人ひとりの固有性を無視して、決めつけることに差別の基礎がある。」
シオニストのパレスチナ入植
労働シオニスト、
修正主義シオニスト
ディルヤーシーン村事件
ダレット計画
アシュケナジームがひきいるシオニズム、イスラエル
ミズラヒーム東方系
イスラエルの社会心理学者ダニエル・バルタル
現在のイスラエルでは、アラブ人アラブ諸国からの攻撃をおしなべてホロコーストのアナロジーで理解する傾向がある。ボグロムのアナロジーで現実を捉えてしまうのと同様の事態。この結果、シオニストの加害行為への方法さえも不当な被害として理解する思考が状態化してしまっている。バルタルはこうした認識を「概念拡張」と呼ぶ。この認識は2023年10月7日にハマスがガザから影響した際にもおおいに「拡張」された。そこでは長年続くイスラエルによる抑圧への言及、さらには直後に始まる報復によるパレスチナ人の犠牲に対する懸念表明さえも忌避されることになる。
少し文言を変えて引用したのが上記。
10/7について、筆者は、ハマースがガザから越境し市民を虐殺した際にも、と書いており、
後半の、
長年続くイスラエルによる抑圧への言及、さらには直後に始まる報復によるパレスチナ人の犠牲に対する懸念表明さえも…
と書いているが、ハマースがガザを出て市民を虐殺という言葉が気になる。
実際のその後のイスラエルのガザへの空爆経済封鎖学校病院へ爆撃によるパレスチナ人大虐殺、民族浄化をたんにパレスチナ人の犠牲と表しているが、虐殺と言われるに値するのは、イスラエルの行動の方ではないか。ハマースはテロ行為を行ったと言うことになっているが長年の抑圧の結果であり、人質は丁重に扱っていたとされており、イスラエルの大虐殺民族浄化とは比較にならないと思うからだ。日本の研究者の新書本でも、懸念と忖度があるのだろうか。ここまで壮大なユダヤ人の歴史に触れて読み応えあったが一気に血の気がひいた。261ページ。
最後のあとがき、にも、
あとがき執筆中も止まらない画像谷清がさらに割ればの女とまで及ぶ3劇を見る。煮付け、ユダヤシの重みを感じないわけにはいかないと書いておられるし、ご自身にお子さんが生まれたことなども書いていられるので、他意や悪意はないと思うがまさに指摘される「拡張」が無邪気に展開されているようで、壮大な3000年のユダヤ史著述という素晴らしいお仕事の中、どうしても気になった。
ユダヤ人の特性が活かせる組み合わせ、構造の模索と探究
自らの特性が生かせる隙間にうまく入り込むという意味での主体性
最後にまとめられているゼレンスキー、ネタニヤフ、、エレナケイガンの個人史もまた個人の思想や思考、嗜好と世界情勢ローカル情勢経済文化環境の組み合わせに大きく影響されていることがよくわかる。