作品一覧

  • 瀬戸内風土記 : 大山祇神社をめぐって

    瀬戸内風土記 : 大山祇神社をめぐって

    小説・文芸

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    1巻1,100円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 「郷土史の研究は、自分の生命と精神のふるさとをこの目で見る営みである」と著者は述べる。そうした思いから著者は長年にわたり郷土史研究に携わり、数々の研究成果を発表してきた。そうして、郷土に関する書物を何冊かまとめる仕事を終えたのち、著者は、その中に盛りきれなかったものが落ち穂のように残されていることに気がついた。本書は、その落ち穂をまとめたもので、八咫鏡、義経の鎧、数々の絵馬等、大山祇神社に伝わる文化財に秘められた物語をはじめ、瀬戸内を舞台にした先人の興味深い史話を紹介しながら綴られた史論とエッセイである。
  • さつまいも史話 : コロンブスから芋地蔵まで

    さつまいも史話 : コロンブスから芋地蔵まで

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,100円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 著者が生まれ育った大三島に今も残る芋地蔵信仰。土地の人が語る「もしイモがなかったら私は生まれていなかったかも知れない」という言葉を耳にした著者は、サツマイモと自分たちとの関わりを調べる。そして、瀬戸内の農民達の思いを伝えるこの地蔵の歴史を、はるかコロンブスの時代にまで溯り検証した。芋は、どのルートを経て、この地にたどりついたか。下見吉十郎はいかにして芋を持ち帰ったか。従来の定説の誤りを正しつつ、芋地蔵のすべてを明らかにする。

ユーザーレビュー

  • さつまいも史話 : コロンブスから芋地蔵まで

    Posted by ブクログ

    マーケットに並び、リーズナブルな価格で誰でも手にすることができるサツマイモ。
    その"サツマイモ"の原産地から伝来、やがて日本にも渡来し、下見吉十郎が現れ、後に芋地蔵として崇められるに至るまでを記した研究書。
    タイトルには"コロンブスから"とありますが、スタートはもっと古く、ゲノムの分析から原産地が特定されふるさとが特定されるところから記載があります。

    熱帯アメリカを原産地とするサツマイモは、15世紀終わりにコロンブスによってヨーロッパに持ち帰られます。
    日本へは中国から、その頃の琉球王国を経由して薩摩に伝わりました。
    このヨーロッパから日本への伝来部分が特に詳しく、また、様々な文献からいろいろな考えが論じられていることに驚きを感じました。
    コロンブス航海誌に度々登場する"アヘス"と呼ばれる芋、これがスペインで"バタタ"と呼ばれるようになり、後にスイートポテトと名を変えます。
    その後、世界への伝来は3つのルートがあり、などなど、日本に伝来して以降がメインと思い書を開きましたが、想定以上に日本伝来までのルート、その間のドラマの記載が濃密でした。

    また、一方で下見吉十郎伝説に関するパートも濃密です。
    そもそも下見吉十郎とは何をした人か、Wikipediaでは大まかに以下のような記載があります。
    「六部僧として諸国行脚中、九州を巡っていたところ、お世話になった農民にサツマイモを振る舞われる。
    故郷の大三島でサツマイモを育てたいと考えたが、薩摩藩は芋の持ち出しを禁じていたため、仏像に種芋を隠し命懸けで薩摩国から持ち出す。
    サツマイモは大三島から広まり、享保の大飢饉の際にも、大三島の周辺では1人の餓死者を出さなかった」
    そして、その100年の後に吉十郎は、いも地蔵として大三島に祀られます。
    その伝説がどこまで本当であるか、当時、種芋を持ち出すことの禁止令が本当にあったのか、吉十郎が伝えるため大三島にサツマイモはなかったのか、飢饉を救っていたのかなどについて、文献と当時の状況から考察し、吉十郎とは何者か、なぜ没後100年も経った後に祀られるようになったのかについて解説のある書になっています。
    定説の誤りを正して、明らかにする内容ですが、"定説"の方を知らなくても楽しめると思います。
    サツマイモというありふれた野菜に対する歴史とドラマを感じることができる一冊でした。

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    2024年03月31日

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