富田正文の作品一覧
「富田正文」の「少年少女 人物日本の歴史」「新訂 福翁自伝」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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ビジネス・実用
Posted by ブクログ
濃い生涯だ。
> 「語るに値する生涯が、自らその生理を生きた、すぐれた語り手によって語られるという点で、ここに滅多にない条件が揃っている。」
>
解説にあるこの言葉の通り、どうしてこうも詳細に人生について語れるのかと思うほどの分厚さだ。
この本によく登場する言葉に『無頓着』『独立』というものがある。
福沢諭吉は自分の興味があること、日本にとって必要だと思う学問に注力し、政治などには参画しないで自分の力を発揮する道を選んだ。
自分のできることで世間を良くしようという姿勢は見習わなければならない。
政治に対して「どうしてちゃんとやらないんだ」と憤る人は多いが、それはそうとして自分にも社会を良くする行動はあるのではないか?と考えることは大切だ。
自分を持ち、社会の変化に流されず、愚直に磨き続ける。
そんな風に自分も生きたいものだと本書を読んで思う。
また、自分の人生をこうして書き残すということに興味を持った。
良いことも悪いことも書き残し、誰の役に立つでもないかもしれないが、残してみたい。
福沢諭吉ほど語るに値する人生ではないかもしれないが、書いてみたい。
Posted by ブクログ
氷川清話と同じく、「風雲児たち」(みなもと太郎著)、しいてはみなもと太郎先生のお陰で、「一万円札」という印象しかなかった福沢諭吉の前半生を知ることが出来ていたため、見た瞬間に簡単に手に取ることが出来た。
福沢諭吉、その彼の父は、解体新書を訳した前野良沢がいた中津藩の下級武士であった。
父、百助は謹厳実直な人間であったが、封建社会の壁により、心労が重なったのも相まってか、好きな酒によって死亡してしまった。
福沢諭吉は子供時代、貧乏でありながらもいたずらっ子として、様々なことをしてきたと言う。
例えば、木の上から枝に乗ったミミズを持ち、人が来たところを脅かす。
神社などにあるご神体を石ころと取り換える。
家にある神札にネズミの小便がかかっており、「本当に利益があるならこのような扱いはしないだろう」と思い、踏みつける(さすがに人前ではしなかった)など。
私は、そんな子供時代を過ごした人物が、「学問のすゝめ」という本を書くなど、関連性が全く思い浮かばず、疑問に思うばかりでした。
ですが彼に来た機転、それは長崎遊学、というもの。
当時はペリーが来たばかりの時代、多くの若者が、言ってしまえばペリー病になり、砲術熱にとりつかれていた。
その時に、兄の三之助は藩命で長崎遊学に行くこととなり、兄いわく、福沢諭吉が願い出るならば、行きたければ長崎遊学へ行くことを願い出ても良いという話である。
福沢諭吉は恐らく迷わずに行くことにした。
それは、その中津藩での封建社会で、平凡に封建社会の苦しみを受けながら生きていくことを拒んだからである。
彼はその後大阪へ行き、緒方洪庵へ学びに行った。
当時、緒方塾(適々斎塾、長ったらしいので適塾と言う)は、日本一の蘭学塾と言われており、そこに入っているだけで貫禄がつくのであった。
しかし、福沢諭吉は全く知らなかったという。
余談、適塾には手塚治虫(本名手塚治)の曽祖父、手塚良仙が居たらしい。
とりあえず、蘭学界のトキワ荘へ入った福沢諭吉は、たちまち頭角を現した。
その後、有名な4代目桂川甫周の曾孫、7代目桂川甫周の紹介で、彼は日本初の使節団、遣米使節団の一員としてアメリカへ行くことができた。
どうも遣米使節団というと、勝海舟や、そして福沢諭吉、咸臨丸などを思い浮かべてしまうが、公式な遣米使節船は、黒船、ポーハタン号のみである。
なお、正使は新見豊前守正興である。
アメリカでの福沢諭吉は、かの有名な写真を撮ったり、ホテルの豪華な絨毯を土足で踏むことに躊躇したり、ガス灯の明るさに感心したりしているということを、当時の彼の友人が語っているのだが、本書では、「私は適塾時代に化学実験をいくつもしてきたから、それをちょっと大がかりにした装置なんかこっちはちっとも驚きはしない」と述べているため、少し信用できないところもある。
ですが、単に記憶違いなだけかもしれませんし、そこを嘘ついているからと言って全てを信用しないのではなく、なぜこの本をここまで読む人がいるのか、ということ。
私は、本書の一部分を言いましたが、少なくとも、これは私の人生に多大な影響を与えると思います。
この本には、福沢諭吉を教育した、母、お順、つまり教育学。
他にも科学、本人の体験、社会学、経済学、封建社会や、江戸時代、明治時代の情勢や、福沢諭吉の視点から見る偉人などが書き記されており、彼の人柄を知ることで、また新たな視点で本を読むことができると思います。
本当に良い本でした!
Posted by ブクログ
まずはじめに「この本かたくないですよ!」
食わず嫌いせずにぜひ読んでください
私は人生でお気に入りの本の一冊になりました。
フリーランスや起業が新しい流れとして定着しつつある現代において、福沢諭吉の生き方は人生の道しるべになると思います。
いくつになっても好奇心を持ち続ける姿勢はぜひ見習いたいです。
それと呑兵衛エピソードが多いところもおすすめポイント。
信念を真面目に語っている合間にちょいちょい入ってくるお酒でのやらかしエピソードがたまらなく面白いです。
禁酒を頑張ろうとしているときの「口と心が喧嘩している」という表現がいちばん印象に残った表現です。
好きすぎて、休肝日にはいつもこのワードを使ってますw
Posted by ブクログ
日本人の自伝では最高傑作でしょう。明治31年、福沢諭吉先生65歳の時に江戸末期から明治に掛けての出来事を速記者に話したお話しをベースに本人が加筆して刊行しています。
約150年も前の事とは言え歴史に残る事件なども多数出てきて、諭吉先生の子供時代から青春時代、壮年までも飽きる事なく読み進められます。
慶應義塾大学の創始者として有名な諭吉先生ですが、読めば読むほど、自分の好きな事だけやって、やりたい放題の超ヤンチャ人生です。
この本を若い頃に読んで居たら慶應義塾大学に何がなんでも入りたいって思ったかもしれません。それくらいブッチャケた明るい等身大の言葉で、自分の事も、時代の事もめった切りします。
子供の頃から何でも出来て、勉強も出来たが興味を持たない分野や持たない時期は敢えてやらなかった。でもその気になったらガンガン頭に入った。など天然なのか、、、恐らく高IQで反骨精神の強い変人だったのは間違い無いでしょう。
封建制度の時代から鎖国から開国、文明開花まで、欧米へも翻訳者として留学したり、押しかけ的に同行して付いて行ったりしていたので有能で有名だったが、維新後の新政府、政治に頭を突っ込まなかったのは賢い選択だったでしょう。
面白かったのは本人は恨みを買って無いと思っていたようだが、思った以上に饒舌だし舌鋒も鋭く、尚且つお酒も大好きな人だったので陰では相当恨みをかっていたのがうかがえます。
一番の感想は若い頃に読みたかったなという一言です。