礒崎純一の作品一覧
「礒崎純一」の「龍彦親王航海記:澁澤龍彦伝」「幻想文学怪人偉人列伝 ――国書刊行会編集長の回想」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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小説・文芸
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Posted by ブクログ
めっぽう面白かった!
耽美と悲惨、繊細と不羈は紙一重。
怪人……偉人……まあ変人……ともかくも凄い人たちを、凄い人が書く!
人って……と遠い眼になってしまった。
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内容紹介
澁澤龍彦、種村季弘、山尾悠子から元国書刊行会社長まで。
舞台裏からみた幻想文学の黄金時代。
圧倒的な博識と創造力溢れる〈怪物のような〉書き手たち 12人と共に数多くの書籍を世に出した編集者が、作家たちの素顔と本作りを綴る。
目次
澁澤龍彦の巻
松山俊太郎の巻
種村季弘の巻
矢川澄子の巻
橋本治の巻
須永朝彦の巻
田辺貞之助・由良君美・曽根元吉の巻
南條竹則の巻
山尾悠子の巻
佐藤今朝夫の巻
資料 書籍一覧
あとがき
Posted by ブクログ
「本の雑誌」の大森さんのレビューを読んで購入。
荒俣大先生の章はないのね、と思ったけど、主戦場は工作舎、角川、平凡社だったっけか。
個人的には、国書刊行会といえば、ちょっと前のヴァンス以外だと、「アルクトゥルスへの旅」になる。(あの函入りのデカいやつ、wikiで確認したら荒俣宏訳だった)
昔、サンリオ文庫版で挫折した後、神保町で古本で買って最後まで読んだ、気がする。
装幀が山田英春さん、『あー、あの「石」の人か』と思ったら、社長の理不尽で国書刊行会の社員にならなかった人だった、ということで、それもまた多大なる社会貢献だったんじゃないの、と思うところ。
Posted by ブクログ
国書刊行会で編集長を務めた著者が、その編集者としての生活で知り合った主に幻想文学関連の作家との思い出を回想した読み物。著者が国書刊行会に入社して編集者となったのが1982年で、この本で取り上げられている作家(山尾悠子や南條竹則といった現役の作家は除く)たちの後半生から晩年にかけての回想となる。
取り上げられている作家の中では松山俊太郎や矢川澄子の話が面白かったが、やはり須永朝彦が彼の困窮した晩年の暮らしもあり印象に残る。ウチに大昔に買って積まれたままの本が2冊あるが読まねばなと思う。
佐藤今朝夫は誰?と思ったら、国書刊行会の創業者。現在の国書刊行会の出版物からするとイメージの合わない、豪快?な人だったもよう。
Posted by ブクログ
国書刊行会で晩年の澁澤龍彦を担当していた編集者による伝記。
私は澁澤が自生活を書いたものは意図的に避けてきたので、特に前半生は知らないことばかりだった。東京空襲で幼少期に読んだ本が焼けていることなど、考えればわかることなのに思ってもみなかった。防空壕をでて焼けた自宅を見に行ったお母さんが、釜のお米が炊けていたと喜んで持ち帰ってきた話がすごい。
学生時代のエピソードはこんな萌えキャラがいていいのかよという感じで、ガリ勉のちびっこでありながら家では2人の妹におだてられて暮らすお山の大将だし、女にフラれたときには余裕ぶった"優しい手紙"を書き、妹に読ませて名誉回復してから投函したりするプライドの高い王子さま。それがそのまんま、子どもがいらないのに避妊をしないで矢川澄子を四回も中絶させるクズさに直結するのだが。
一番驚いたのは、三島とこっくりさんをやったという有名な話の夜に岡上淑子もいたということ。「◯◯夫人」という呼び名の裏に目隠しされてきた情報に呆れるほかない。アルトー『ヘリオガバルス』の澁澤訳があることや、大橋巨泉の『11PM』にTV出演したことがあるのも知らなかった。書き方からして磯崎さんも映像を確認できていないみたいだけど、TV局にも残ってないのかしら。
周囲の人で印象に残るのは、三島以外だと、いつも大事なところで怒ってくれる野中ユリと、やっぱり松山俊太郎。それなりに敵も多い自由人の澁澤が、松山の前では一歩引いて笑って自由を明け渡している感じ。尤も、松山自身はお互いに対等ではなかったからこそ続いた(澁澤のことを兄貴分として慕っていた)関係だとしている。三島と澁澤の関係も同じだったのではないかと思う。
編集者時代に担当していた久生十蘭からの文学的・人間的な影響や、遠い国の良きライバルとしてボルヘスを常に意識していたことなども面白かった。花田清輝に会わなかったのは不思議で残念だし、寺山修司が澁澤の小説に期待しながら若くして亡くなったのも無念。『高丘親王航海記』はおそらく寺山の読みたいものとは違っただろうけど。
澁澤が書いたものの面白さは、インターネットが普及して情報が飽和状態になってからのほうが認められやすくなったんじゃないかと思う。自分が読んだ本からの引用・抜粋ばかりしている人はTwitterにもたくさんいて、だけどその人独自の文脈、独自の面白がり方が見えてくれば読み物として成立している。発想のオリジナリティよりも、選択と並び替えのオリジナリティ。そしてそれは近代以前の知の在り方にも近いんじゃないだろうか。
女性読者として気になるのは、矢川澄子が澁澤そっくりの字を書いて「ずっと清書をやってたから」と笑っていたということや、龍子さんも清書するのが一番の幸せだったと語っていることだ。男性でも編集者なら「原稿を一番に読める喜び」を語ることはよくあり、女性だからと一概に言えるものではないかもしれないけれど、澁澤に限らず〈家庭内編集者〉としての妻の存在を考えずにいられないなぁ、この時代の人は。
著者の礒崎さんは澁澤を神様のように思いながら編集者を始めた人だそうで、本書も批判的というよりは、現代の目で見て評価できる面に重きを置く肯定的な本だ。高原英理の「ガール・ミーツ・シブサワ」を長々と引用していて、あれに共感する側の人なのだなぁと思った。澁澤の棺をだすときに降った天気雨を天使にたとえたのも印象深かった。