過去の「好き」と現在の「好き」が繋がって、僕たちはずっと「好き」になった時の感情に生かされている。人それぞれ惹かれた理由やそのモノを好きになった経緯が異なっていて、そこに個性だったり、その人そのものが現れている。
岡本真帆さんの「好き」に揺れた言葉たちが、たくさん詰まっていて、気付いたら好きが移って、見たいもの欲しい本が増えていた。
"つまり、「好き」について語るときには、相手のことだけでなく、自分の心の動きについても伝える必要があるということなんだ。"
"いいことをすれば誰もがヒーローと崇める昨日までの悪党"
"無知だったことを知ったら無知だったころの幸せ なんか、なんかさ"
"映画館のスクリーンの前では、わたしたちは優劣のない観客になる。同じ硬さの座席に座って、同じ時間の中で同じ映画を観る。誰かを支配することからひととき自由になって、一人の観客として他者と同じように映画の世界に浸れることは、もしかしたらマキマさんにとっても癒しの時間になっていたのかもしれない。"
"才能は呪いもしくは祝福と呼ばれあなたが切りひらく闇"
"歌を詠むことは「短歌の定型に自分の心の一部を託すこと」ではないでしょうか。好きなものについて表現するとき、自分のことを切り離す必要はありません。むしろ、好きになっている自分ごと歌にしてしまうくらいのつもりで、「好き」を見つめて整理してみると、漠然としていた感情がより鮮やかに浮かび上がってくるのではないかと思います。"
"外見だけ大人になってハンバーグ食べにいこうよ冬の遠足"
"当時のわたしと今のわたしは同じ「わたし」なのに、考えていることも価値観もできることも、違う。「わたし」という人格の意識はずっと一つであり続けるのに、ふと振り返るといろいろな分岐点を得て別の生き物に生まれ変わっている。好きな色、好きな音楽、好きな食べ物。好きだったはずのものが苦手になっていたり、苦手だったはずのものが大丈夫になっていたりする。そのこと自体を、特別悲しいとは思わない。どんなものも、少しずつ変わっていく。生きていくことは多少なりとも変化を伴うものだ。"
"嬉しい気持ちを固有名詞化すると、小さなお祭りになる。"
"私たちはきっと、人間関係という悩みの絶えない世界の中で、いつも小さく傷ついている。でもその傷を見ないふりしたり、大丈夫だと平気なふりをして、なんでもなかったように過ごしている。傷つきたくないから、「あの人とはわかり合えないんだ」と理由をつけて、相手に踏み込むのをやめてしまう。そういう、小さく傷ついても大丈夫なフリをしてかさぶたになってしまった傷跡に、「スキップとローファー」
の優しさと勇気は、じんわりと沁みるんだと思う。"
"愛情がほしいときだけ寂しさがつよいときだけ求めて、勝手"