筆者は、東大法学部卒、コロンビア大法科大学院修士課程修了、そして文科省勤務(現在内閣府出向)というエリート中のエリートのお役人さんです。しかし、具体例を挙げる等、日本で教育を受けた人や、又は日本の学校に子どもを通わせている保護者には、非常に分かりやすい内容になっていると思いました。世界の、そして日本の教育の現在地がどのようになっていて、今後どうなっていくべきなのか、考えさせられる本でした。
【序章 変わる世界の教育】
・技術革新によって社会の変化が起きると、教育がそれに追いついていくことができない期間が生じてくる(社会的な痛手)が、社会の変化に合わせて教育が変わってくると、社会の求めに応じた人材を育成できるようになる(繁栄)
・「21世紀型スキル」提案(ICTスキルと非認知能力がカギ])
・学習への不安が中程度の日本・シンガポール・台湾は最も優れたスコアを出している。日本はフィンランドより規律状況の良さが際立っているが、「世界幸福度調査」では6年連続で世界一位となっている。
・教師不足は世界的な問題。世界全体で4400万人の教師不足が推計されている。より豊な国が多くの教師を獲得し、より貧しい国からは教師が流出している。
【第1章 教育は何を目指すべきか】
○SDGsやウェルビーングが普遍的な理念となりつつあるが、これらは経済成長中心の世界観から人間重視の世界観に転換する過程で登場した概念。今の学校に必要なのは、個人の尊厳を大切にしていくこと。
・2015年の国連総会における「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の一部であるSDGsは、17の目標、169のターゲット、232の指標が設定されている。
・経済協力開発機構(OECD)が、経済成長の限界を背景に、2011年の創立50周年で組織の新たなミッションとして、ウェルビーングという概念を提案した。「ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)」においても、教育の究極的な目標として位置づけられている。
・ウェルビーングは、①精神的ウェルビーング、②身体的健康、③スキル、の3つの側面から構成されているが、日本の子どもたちの「幸福度」は、②身体的健康で1位だが、①精神的ウェルビーングではワースト2位。総合順位は38ヵ国中20位。
・中高生に推奨される睡眠時間は8~9時間だが、日本では平均7時間19分。中高生の約7割が「疲れている」「忙しい」と回答。
【第2章 「主体性」を捉え直す】
○日本の教育では主体性が大事だと言われているが、そもそも主体性とは何かの共通理解が不十分。「エージェンシー(自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する力)という概念と比較して考えることで、日本の「主体性」が目指すべき方向性を考える。
・教育における「主体性」とは、そもそも教師による働きかけを前提にしており、働きかけにも様々なグラデーションがある。
・「ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)」が目標とする2030年のウェルビーングを実現するためには、エージェンシー(変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力)の発揮が必要。また、エージェンシーは他者との関係性の中で育つ。
【第3章 子供たちに求められる「能力」】
○今までの伝統的な認知能力に加えて、近年ではリーダーシップや粘り強さ(グリット)等の「非認知能力」も重要視されている。しかし、こうした能力の発揮には、状況を判断する力や、他者を尊重する態度なども重要になる。
・能力の高さは、①異文化対応の対人関係感受性、②ほかの人たちに前向きの期待を抱く、③政治的ネットワークを素早く学ぶ、ことに優れていることで分かる。こうした行動を可能にする知識やスキル、特性などを含めた広範囲な概念を「コンピテンシー」という。
・職務内容(ジョブ・ディスクリプション)より、個々人の能力(コンピテンシー)に基づいた採用への転換が期待されている。
・伝統的な教育はコンテンツ(学習内容)中心だったが、今は、授業でどのような内容を扱うかというコンピテンシーが重視されている。
・コンピテンシーとは、様々な要素の組み合わせであり、その発揮には、場面や文脈が決定的に重要。
・OECDがDeSeCoプロジェクトで示した「キー・コンピテンシー」という考え方は、「異質な人々から構成される集団で相互に関わり合う力」「自律的に行動する力」「道具を相互作用的に用いる力」の3つの能力から構成されている。
・OECDが2000年から開始した国際学力調査(PISA)はキー・コンピテンシーを理論的な根拠としている。
・ジェームズ・ヘックマンの研究で注目されるようになった「非認知能力」や、その能力の一つであるキャロル・ドゥエック提唱の「成長思考のマインドセット」が取りざたされているが、認知能力も非認知能力も、重要なのは、能力をどの方向に向けて使うのか(あるいは使わないか)ということ。また、こうした態度や価値観を身に付けるのは、学校だけでなく家庭の役割も大きい。
【第4章 「探究」の再検討】
○近年日本では「探究」が重要視されているが、国際的にはそれほど注目されている概念ではない。本来の「探究」はどうあるべきなのか。
・1998年・1999年に改訂された学習指導要領で設けられた「総合的な学習の時間」は、各教科の学習が実社会の課題と乖離されてしまっているという問題意識が背景にあり、探究的な活動を行う場として意図され、2017年・2018年の改定で改めて探究が重視された。
・教科書がなく、「探究」について十分に理解していないと『活動あって学びなし』の授業になってしまう。この学習を通じて何を学ぶのか、どんな力が身につくのかを明らかにするべき。
・探求型学習、プロジェクト型学習、問題ベースの学習、アクティブラーニング、教科横断的な学習、真正の学び、等の言葉で表される。
・探究は、①課題の設定、②情報の収集、③整理・分析、④まとめ・表現という一連のプロセスを回していかなければならない。また、①確認のための探究、②構造化された探究、③指導された探究、④オープンな探究、と段階を踏んで進めていくことが望ましい。
・探究は時間がかかるものであり、十分な授業時間が必要。
【第5章 何をどこまで学ぶべきか】
○様々な知識を表面的に身に付けるよりも、本質的な思考力を磨くことの方が重要。カリキュラム・オーバーロード(教育課程の過積載)に陥らないためにすべきことを考えるべき。
・広く浅いカリキュラムに、深さも求められるようになってきた。学校教育で取り上げられるべき事柄も増えている。しかしカリキュラム・オーバーロードで、教師にも子どもにも過剰な負担がかかっている。物事の本質を理解する余裕がなくなってしまう。1999年の3割減の「ゆとり教育」は批判されがちだが、シンガポールでも2005年に3割減、2022年にはオーストラリアが21%削減している。また、各国コンテンツ主義からコンピテンシー主義に舵を切っている。
・PISAで見ると、例えば「金融リテラシースコア」と「金融リテラシー教育の実施状況」の間には明確な関係性は見られなかった。数学的な思考方法に熟達していれば、既有の知識を応用することである程度対応できる。カリキュラムにコンテンツを追加することだけが解決策ではない。
【終章 これからの教育はどこへ向かうか】
○客観的な事実やデータに基づいて各国の教育を捉え直し、その強みは生かしつつ、課題があれば修正していくという作業を丁寧に続けるべき。
・教職員組織にチームワークを根付かせて、学校全体としてよりよい教育に繋げていくことが重要。
・様々な意思決定を、教職員、保護者、地域コミュニティなどと一緒に行っていくことで、責任も分担・共有される。
・児童と学習のプロセスを共有していくことによって、児童にも当事者意識や責任感が芽生えてくる。児童自身が自分の認知状況を認知する「メタ認知」も不可欠。
・OECDの教育革新センターが2020年に公表した報告書では、4つのシナリオが示されている。「現在の延長線上にある学校」「アウトソーシングが進んだ学校」「地域ごとの特色化が進んだ学校」「融解する学校」。普段から様々な可能性に思考を巡らせることで、改めて学校の果たしている役割を考えていく必要がある。
【おわりに】
・教育は社会の実情を踏まえて形成される。
・一時期は世界から注目されたフィンランドの教育も、いまやそうではなくなってきている。日本では注目の高い国際バカロレアやイエナプランのような教育プログラムにしても、必ずしも世界的に普及していないのは、当然、それぞれに多くの課題があるから。