本年の春にテッサロニキを訪れたとき、この地はアリストテレスやアレクサンドロス大王ゆかりのギリシア第二の都市と称揚されるわりには荒廃した印象が拭えず、不思議な思いがしたものであった。ところが図らずも本書には、そのよってきたる原因が記されていた。
第二次世界大戦でナチスの占領されるまでは、テッサロニ
...続きを読むキは過去何百年も世界最大のユダヤ人都市であった。つまりユダヤ人がマジョリティであり、そのもとで文化、経済が花咲く唯一の都市だったのである。第二次世界大戦勃発の時点でユダヤ人は5万を数えたが、この大戦を生き延びたユダヤ人はわずか2~3000人だったそうである。ナチスはユダヤ人を虐殺しただけでなく、ユダヤ文化の根幹となるタルムードをはじめとするあらゆる文献、古史料を略奪、焚書に処し、シナゴーグや墓地をすべて破壊して、ユダヤ人の痕跡を消したのである。現在のテッサロニキの荒廃した印象は、その破壊の残滓がもたらしたものであった。
似たような運命に見舞われた都市はワイマールやミュンヘン、フランクフルト等のドイツ国内はもとより、ポーランド、リトアニア、オランダ、さらにはローマ、パリ、プラハ‥‥とヨーロッパ各地に及ぶ。本書はこれらの地で行なわれたユダヤ文献の略奪や抹殺を実行した組織の実態、及びその規模と方法の一端を明るみに出したという点だけでも特筆に値する一書といえるだろう。