国際法に警察権が機能しないなら、世界は「暴力の強さ」が決していく。相手の実力が正確には見抜けないこと、戦後の統治コストが不明瞭であること、暴力に対する国際的な懲罰がその抑止力にはなる。だが、これらは「正当化」さえできればある程度は突破可能。実力把握に対しては、核やサイバーを含む現場目線でのテロリズムの脅威などの査定が必要。
当時、日本は、国家総動員で特攻する潜在的な、ある意味では霊的なまでの信仰に裏打ちされた実力があり、原爆だけで抑え込めるか否か、仮に戦意を喪失させても統治タイミングでテロが止まない可能性も高かった。アメリカが終戦間近にソ連に参戦を呼びかけたことの真意には未だ議論は残るが、とにかく、彼らは中立条約を破って参戦。意気沮喪した日本に対しやりたい放題したのだ。
今、思い出すべきは「条約は、当事国の利益が一致している間しか意味を持たない」という事実だ。否応無く結ばされた日米安保だが、何か無謬のものとして勘違いしていまいか。その状態で不必要にナショナリズムを煽って自らのPVや再生数、つまり、人気票を欲するが故の「スッキリするための無責任なアジテート」はやめるべきではないか。
本書は、“条約がほとんど意味がない“という事を思い出させてくれる。私の祖母はロシア語の通訳をした人で、その知人は樺太にいた。私にとってはライフワークのような読書でもある。
何が行われたか。膨大な文献や取材量が解き明かす。終戦間際から、玉音放送を受けてなお混乱する状況が生々しい。
ー 「降伏は陛下のご本心ではない。腰抜けの君側の者がやったことです」と悲憤、私は国力が尽きたのだといい聞かせ、防空室に勤務する若い女性の身を心配する平島大尉に、ソ連兵が女性に暴行するようなことがあったら降伏後といえども叩き斬れというと、剣道五段か六段だった大尉がようやく参謀長室を出ていったのが印象に残っている」方面軍司令官からの停戦命令が師団にきたのはその夜だった… ところが午後になって「ただし自衛のための戦闘はあくまで継続すべし」という方面軍からの電報がはいった。この停戦、自衛戦闘の二つの命令は軍上層部の混乱を物語るもので、自衛戦闘という聞きなれない宇句の解釈に現地師団は困惑した。
老いた人や知恵おくれ(原文まま)を残したり、一家心中をはかり生き残ってしまった母など、ソ連から機銃掃射を受けながら逃げ続ける。竹槍義勇隊というキーワードは、民間と軍隊の境目がなくなり、民間虐殺を正当化させる遁辞のごとく、これは私が、便衣兵は民間と軍隊の区別ができぬため南京で民間虐殺に繋がった側面があるというコンテクストにも通じ、私の頭に虚しく響く。
ー 終戦のとき一部の日本人が朝鮮人を虐殺した。何人殺したかわからないが、理由は多くがスパイ行為であったらしい。しかし、その底流には朝鮮人を蔑する偏狭さがあったのだろう。
自らの無知を痛感させられる樺太戦の実相。誰しも強くはない。自分を守るためには人を殺す事も許されるという論理がある以上、外交ミスにより自国が危険な状況に追い込まれる事は絶対に避けねばならない。