井奥陽子の作品一覧
「井奥陽子」の「近代美学入門」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「井奥陽子」の「近代美学入門」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
Posted by ブクログ
素晴らしい書物だと思います。以下読書メモです。
レオナルドダヴィンチもバッハも、自己表現やオリジナリティを作品で目指してはいなかったはず それなら、それらを前提にして彼らの絵画や音楽を評価するのは不当?
第一章 芸術ー技術から芸術へー
古代から中世まで、アート(ギリシャ語のテクネー、ラテン語のアルス)という言葉は芸術ではなく技術や学問を意味していた。
古代ギリシャにも芸術の概念はあったと主張される時は、テクネーという概念全般ではなく、その一部である「模倣の技術」という概念が根拠にされる。
自由学芸(アルテース・リーベラーレース)(リベラルアーツ)・・・文法学、論理学、修辞学、算術、幾何学、音楽、天文学
機械的技術(アルテース・メーカニクス)・・・ものを制作する技術
➡️文芸や音楽と絵画や彫刻や建築の間には大きな溝があった。
古代から中世にかけては、主に倫理や神学の中で美が扱われた。
美を本質にするものとして文芸や音楽や造形芸術を一つのグループで考えるという発想はなかった。
新旧論争➡️文芸と音楽は、進歩の観点からすると他の学問とは異なる。
ルネサンス時代の絵画論 詩画比較論が流行
16世紀 レオナルドですら「視覚は五感の中で最も知的で価値がある。だから、絵画のほうが詩よりも優れている」と主張する必要があったほど詩と絵画の間に溝が残っていた。
1563素描アカデミー(ディセーニョの技術のアカデミー)
絵画と彫刻と建築の学校
ジョルジョ・ヴァザーリ(1511-1574)
17世紀フランス 王立絵画彫刻アカデミー(1648)
建築アカデミー(1671)
16c後半から17cにかけて、画家や彫刻家や建築家の所属がギルドから美術アカデミーへと移っていった
ここで、絵画彫刻建築が機械的技術から離れる
第二章 芸術家
芸術家を独創的な天才とみなす思想が形成されていく目印は、もともと神に対して使われていた言葉が、芸術家という生身の人間に使われるようになっていく点にあった
18c末〜19c中頃にかけて隆盛したロマン主義 表現理論を体現(模倣から表現へ)
詩人のヴァーリス、ドラクロワ、ショパン
ロランバルト『作者の死』 作品は読者の誕生によって初めて完成する
第三章 美
客観主義美学→主観主義美学 17-19cに大きな転換
プロポーション理論の批判
イギリスの政治家エドマンド・バーク(1729ー97)『崇高なものと美しいものについての我々の観念の起源に関する哲学的探究』
哲学者デイヴィッド・ヒューム(1711ー76)「趣味の基準について」 美はものそのもののなかにある性質ではない。ただものを見つめる心のなかにのみ存在する
カント 何かを純粋に美しいと感じることは、それが何であるか(概念)やなんのためにあるのか(目的)に基づいていない
道徳的な行為に対する心地よい感情は、「その行為は人助けで、他者の人格や生命を尊重することに繋がるから」とはっきり説明することができる。そういう意味で、カントにとって道徳は感情ではなく理性によって、概念や目的に基づいて判断されるもの。
「純粋な趣味判断(美的判断)は主観的普遍妥当性を要求する」「心から(純粋な)何かを美しいと思うこと(趣味判断または美的判断)は、概念に基づいておらず客観的ではないにもかかわらず(主観的)、いつでもどこでも誰にでも(普遍)当てはまる(妥当)こと(性)を要求する」
カントの主観主義美学の功績は、美を道徳から切り離したことにある。
カントは道徳だけでなく、美の条件とされることが多かった機能性や有用性からも美を解放し、美の自立性を強調した。
➡️19世紀後半 フランスとイギリスの文芸を中心に「唯美主義(耽美主義)」と呼ばれる潮流が生じる。美は真や善よりも上位にあり、美の追求こそが人生と芸術における唯一の目的である。シャルルボードレールやオスカーワイルド
美の自律性は、芸術の自律性に直結する。近代においてだけは、芸術とは美しいものであり、美しいものの代表は芸術であった。
第四章 崇高
崇高とは元々修辞学の用語だった。
➡️ボワローの再解釈 修辞学の理論に収まらない崇高という哲学的な概念が登場
バーク『崇高と美の起源』のなかで、崇高と美を比較して考察し、崇高を美の一種ではなく美に対置されるものとして区別。崇高は美と並ぶ概念になった。
(カントも影響を受けた)
バークが身体や感情に注目したのに対して、カントは理性という精神的な側面に力点を置いた。
18世紀に美と対になる概念として成立したが、19世紀中頃、美的範疇論が美学の中心的トピックになると、特権的なポジションではなくなる。しかし、20世紀後半から、政治や文明などを批判的に論じるためにも崇高が注目されるようになり、崇高の概念が再び脚光を浴びるようになった。
20世紀以降の我々は、自分たちで生み出したものに逆に圧倒されるようになっている。
第五章 ピクチャレスク
風景画がヨーロッパで成立したのは17世紀
クロードやローザ
ギルピン ピクチャレスクを、「絵画において心地よさを与えるような、特定の種類の美」と定義
美しいものが端正でなめらかさをもつのに対し、ピクチャレスクには粗さがある。
美しいものは自然の状態で目を楽しませるのに対し、ピクチャレスクなものは絵画に描かれることができるような何らかの性質によって目を楽しませる
ロマン主義の興隆で、ピクチャレスクは批判されるように。
美的距離・・・現実に対する心の距離
Posted by ブクログ
「アート」は、ある「アーティスト個人」がその「内面から」溢れる「創造性」をもってつくり出した、「美」を内包する「作品」である。
⋯てな感じの今では当然視されるアート観は、近代西洋だけでしか当てはまらない特異なものであり、上の文における「」内の概念達は全て近代に生成してきたものである。
という美学の知見をとてもやさしく教えてくれる本。
感性や美を扱う哲学としての「美学」に入門するのに最適だった。
人類学を勉強してると「美とかアートとかって近代西洋だけの考え方で〜」的な話はよく出てきて、なるほど近代西洋がむしろ例外なんだな、と納得して満足しちゃってた。
が、「じゃあその近代西洋の考え方はどういう成り立ちなのか?」を本書で学べたことで、単に近代西洋的な概念を「当たり前じゃねえからな!」と切り捨てるだけではない問い直しの視角を養えたのがよかった。
美術史の本も読んでいるところだが、美学を踏まえるとまた違った歴史の側面が学べそう。
(本書で「崇高」を扱う中で「表象不可能性」の件があり、『ショアー』の話が出てきたが、「これランシエール研究の本でやったところだ!」と進研ゼミ現象を味わえた)