ジェイソン・ヒッケル氏は、1982年アフリカのエスワティニ(旧スワジランド)生まれの経済人類学者。米ウィートン大学で人類学を学んだ後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで博士号を取得。現在はバルセロナ自治大学環境科学・技術研究所教授、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス国際不平等研究所客員教授、王立芸術協会フェローなどを務め、米国科学アカデミーの「気候とマクロ経済学円卓会議」などの委員会にも参加。GDP中心の成長主義に代わる持続可能な経済思想を提唱し、脱成長論の旗手として国際的に知られている。
本書は、著者の代表作の一つで、2023年に出版された。尚、原書は『LESS IS MORE』(2020年)。
私が理解したポイントは概ね以下である。
◆「資本主義=市場」という認識は間違い。市場は何千年も前からあったが、資本主義は、封建制崩壊後の平等主義の社会に不満を持った上流階級が、コモンズ(土地等)を「囲い込み」により私有化した500年前にできたもの。その特徴は、永続的な成長を軸にしていることで、「自然と労働から多く取り、少なく返せ」という単純な法則に従って機能する。同時期に起こった「植民地化」も、資源を強奪するフロンティアを開くという意味で、同じく資本主義の前提だった。それまで支配的だったアニミズムを否定し、人間(の精神)と自然(人間の身体を含む)を区別し、人間には自然を支配し利用する権利があるとしたデカルトの二元論は、資本主義を正当化した。
◆それまでの経済は「C1→M→C2」(個人間で有用なものを交換すること)と表され、「使用価値」を中心に回っていた。一方、資本主義は「M→C→M’→C’→M”・・・」と表され、ここで重要なものは「交換価値」であり、交換価値の蓄積には終点がなく、永遠に拡大するプロセスとなった。成長欲求は資本家に留まらず、GDP成長率という目標に縛られた国家に後押しされ、「人間の具体的な必要を満たすためでも社会的目標を達成するためでもなく、成長そのもののために、あるいは資本を蓄積するために、成長を追い求める」成長主義が世界的ルールとなった。
◆我々が直面する気候・環境問題を解決するために技術革新は不可欠だが、資本主義のシステムでは、技術革新による効率の向上が、搾取と生産の縮小につながることはなく、利益の再投資によりそれはさらに拡大することになる。
◆過去数世紀の福祉と寿命の向上は、公衆衛生、公教育、公営住宅のような新種のコモンズの整備によりもたらされたのであり、(GDPが一定水準にあれば)成長とは無関係。幸福感についても、GDPのつながりは希薄で、所得の配分が不公平な社会は総じて幸福度が低い。
◆国内と世界の不平等は拡大しており、人々の生活を向上させるために全体の成長が必要という考えはもはや意味をなさない。誰にとっての、何のための成長かをはっきりさせる必要がある。既に持っているものをより公平に分かち合う方法を見つけることができれば、地球からこれ以上略奪する必要はない。
◆イノベーションについても、経済全体の成長は必要なく、その分野に絞って投資をすればよい。
◆「脱成長」とは、経済全体の成長を目指すことをやめ、経済の物質・エネルギー消費を削減して生物界とのバランスを取り戻す一方で、所得と資源をより公平に分配し、人々を不必要な労働から解放して、必要な公共財への投資を行うこと。結果、GDP成長が鈍化・マイナスになったとしても、成長を必要としない経済を目指す以上、問題はない。
◆大量消費を止める方策としては、①計画的陳腐化を止める、②広告を減らす、③所有権から使用権へ移行する、④食品廃棄をなくす、⑤生態系を破壊する産業(牛肉産業、使い捨てプラスチック製造等)を縮小する、等がある。
◆脱成長経済における所得については、国民所得は、その国の経済が生産するすべての財の総額に等しいのであり、理論的には、国民が必要とするものを生産している限り、それらを購入するのに十分な所得は得られるはず。重要なことは分配の平等。
◆成長志向のシステムは、人間のニーズを満たそうとするのではなく、満たさないようにするインセンティブがあり、意図的に「希少性(不足しているように見せること)」を創出する。公共サービスの脱商品化(コモンズ化)、労働時間の短縮、不平等の是正により、それを逆行させれば、システムは変わるはず。
◆現在でも既に、大多数の人々は環題に配慮すべきと考えているが、その思いは少数の資本家により踏みにじられている。これは、民主主義と資本主義が(意外なことに)両立しないことを示しているが、我々はこの矛盾を乗り越えなければならない。
◆デカルトの二元論は、その後数世紀の科学の進歩により否定されつつあり、現在は、あらゆるものは唯一の壮大な「実在」の異なる側面に過ぎないというスピノザの思想に取って代わられている。同時に、世界各地の先住民族のアニミズム的世界観、あらゆるものとの互恵の精神が見直されている。
◆脱成長は、より少なく取るというプロセスから始まるが、最終的には、あらゆる可能性の扉を開くことになる。私たちを、希少性から豊富さへ、搾取から再生へ、支配から互恵へ、孤独と分断から生命あふれる世界とのつながりへと進ませる。
一読した感想としては、ほぼすべてにおいて納得できたし、提言については基本的に賛同する。
私は、資本主義の現状について、極端な経済格差や気候・環境問題にとどまらず、科学万能主義と結びついた、生命工学やAI技術の進歩という観点からも、強い問題意識を持っており、これまで様々な本を読んできたが、斎藤公平『人新世の「資本論」』、セルジュ・ラトゥーシュ『脱成長』などは、「脱成長(による持続可能な社会の実現)」、「公共財のコモンズ化」などの点で、本書と近い方向性を持っている。
それにしてもだ。資本主義の矛盾・限界がこれほど様々な面で明らかになっているのに、なぜ人々は動けないのか。。。高所得国の人々は、これ以上の何を求めているのか。。。(この欲望は資本主義システムが恣意的に作り出していることは本書に書かれているが)
実は、私の書棚にはもう一冊、ヨハン・ノルベリの『資本主義が人類最高の発明である』が積読となっている。間を開けずに読まねばなるまい。
(2025年11月了)