安達茉莉子の作品一覧
「安達茉莉子」の「あなたのフェミはどこから?」「臆病者の自転車生活」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
- 作者をフォローする
- フォローすると、この作者の新刊が配信された際に、お知らせします。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで201万冊以上配信中!
「安達茉莉子」の「あなたのフェミはどこから?」「臆病者の自転車生活」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
小説・文芸
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
安達茉莉子さんとお話ししたことがあるのだが、その人柄や話し方たるや、安心感が湧き出てくる感じ。そんな茉莉子さんの「お悩み相談の森」ならば、読むしかあるまい。とってもよかった。
「人生は、実験の連続。実験していきましょう」という一節、言葉を変えいろんな人から話を聞く。「人生は練習試合」「人生はトライ&エラー」など。やってみてなんぼじゃいと思う。
イギリスのことわざ「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない」どんなに周りはいろいろ気を揉んでも、結局は本人にしかできない…このことって、日常からよく感じている。でも、「自分が自分を信じられない時に、自分のことを自分より信じてくれる人が、誰にだって必要。」このことってすごく重要だなと思った。「私なんて」と自分のことを思っても、そばにいてくれる人がいることがどれだけ心を救うか計り知れない。
立場上守秘義務があるのに、同僚が管理職の自分から情報を引き出そうとする相談で、「優しいサイコパス」になるか、「俺はいいけど…YAZAWAはなんて言うかな?」的に返すという手法、取り入れさせていただきます(笑)
仕事の楽しさって、自分がここにいて何かのためになっている、意味がある、誰かが喜んでくれていると、違いを実感できることが大きい。
・その人たちがやりたいことを、会社や組織の力を使ってやっている。
・仕事は別に何でも良いけど、達成感や結果を得られるのが好き。
・特にやりたいことがあるわけではないけれど、人の役に立つのが好き。
仕事をする際のモチベーションで1番手っ取り早いのは、自分が周りを喜ばせるエンターテイナーになること。個人事業主in会社みたいな感じで、やってみるのも1つの手かもしれない。※ただし、感情労働にはご注意!
↑※「感情労働」とは…
頭脳労働でもなく、肉体労働ではなく、感情を使った労働。感情を使って、あるいは抑えることで管理することが前提になっている労働。例えば、接客業やカスタマーサポート、対人職では、例え自分が疲れていたり、嫌な気持ちになっていても、笑顔で丁寧に対応することが求められるし、感情のコントロールそのものそのものが職務に組み込まれている。
感情労働の2つの段階。①サービスの相手に対して、喜んだり悲しんだりと感情を動かしてみせることで、相手の顧客満足度を高める「表層演技」を行うこと。本心と表に出す感情に齟齬があり、続けることもあり、ストレスが蓄積する。②「自分も本当にそう感じているんだ」と自らに信じさせていくことで、相手だけではなく、自分自身そのものを変える努力をする「真相演技」。自分は本当に心からそう思ってるんだと思い込むこと。
この「感情労働」と逆の例としてYさん出場。Yさんとは書いていないが、Yさんであろう(やさしいサイコパス)。友達とトンガ旅行で、友達が現地でクレジットカードが使えなくなって困っていた時、領事館まで行ったのを見届けて「後は頑張れ。検討を祈る」とさらっと友達を置いて帰国。働いてた職場でも平気で16連休を取る。人にどう思われるかはあまり気にしない人。基本的にわいさんはとても親切で、感情で動くのではなく、筋や通りが彼の行動原理になっている。安達さんがものすごく苦手な人のお見舞いに感情的に行きたくないことがあったときのアドバイス→お見舞いと言うのは来てもらえるとうれしいものやし、人として得の高い行為やから、言ってやったらええ。それでも嫌なものは嫌やろうから、帰りにうまいもんでも食ったらええ。
この感情労働という言葉が、すごく心に残った。感情は無いけれど、自分にも相手にも優しくできる。そんな犠牲のないコミュニケーションのあり方を探す日々という安達さん。
「自分に正直になるってどうやるの?」の章は丸々書き写したいほどであった。相手に気を遣って配慮したり、顔色を読むのがデフォルトになっていたり、あるいは脳が疲れていて判断をする気力がもう残っていなくて、誰かに決めてもらいたかったり。自分1人の時でも、人目を気にしたり、お金や時間等など諸条件を考えて、わからなくなってしまうから。
気が向けば、本当に細いな、どっちでも良いレベルのノーリスクの選択から始めていく練習をするのがお勧め。宇宙からすると超どうでもいいこと、でも、自分のハート、あるいは胃袋に本気で聞く。脳のことは忘れて。その小さな「自分との本音対決ゲーム」を遊びで積み重ねているうちに、いつしか、自分は本当はこうしたいと言う、自分の本心と手をつなぐことができる。そんな時、自分が自分の1番の理解者で、味方であると言う安心感があるから、何をするにしても、自分を取り巻く環境的にも自然と整っていくので、居心地も良くなっていく。
Posted by ブクログ
なんていいタイトルなんだ。いつからフェミニストになったのか、いつフェミニズムに出会ったのか、ではなくインターネットでは揶揄や冷笑の単語となっている『フェミ』を使い、おなじみの風邪薬のキャッチコピーのようなリズム感でフックと軽快さを両立している。
タイトルの通りなのだが、この本にはあらゆる人がフェミニズムにいつ、どのようにして出会ったのかがリレーエッセイ形式でまとめられている。もちろんトランスジェンダーの書き手も、ノンバイナリーの書き手もいる。
フェミニズムとの出会いが劇的な人もいれば、ぬるっとじわっと出会っていたという人もいて、これはあらゆる人に語ってほしいテーマだと思ったし、私も近いうちにまとめたいと思う。
どのエッセイも読み応えがあり、内容としてもおもしろかったのだが、武田砂鉄さんの”編集者はこの原稿を森喜朗や麻生太郎には依頼しないはずなので、”という一文がウィットに富んでいて痛快で笑ってしまった。
そういえばなんだかんだで武田砂鉄さんの著書はまだ読んでいない気がするので近いうちに読みたい。そしてこの感想を読んでくれたそこのあなたにも答えてほしい。
『あなたのフェミはどこから?』
Posted by ブクログ
まるで朝ドラ「虎に翼」の「はて?」というセリフのタイミングを集めたような本。
当たり前だと思っていたのに「あれ?おかしいかも?」と気づく場面。
様々な立場の方の寄稿が集まってて一つ一つ短い。軽そうで、全然軽くない。
この本にはフェミニズムというテーマだが、「弱さを認めて、差別を減らして、共に生きていく社会」みたいな風潮が感じられる。弱さを見つめるために、それぞれが自分の生い立ちを話している項が多い。
以下、ネタバレ
・・・・・・・・・・
鴻巣麻里香「脱抑圧の三代記」
p.69
「子どもがいるんだから、そんなに無理して働くことはないんじゃないか。一度仕事のペースを落として、子育てに専念したらどうだ」
言われたその場で号泣した。仕事を取り上げられることが怖かった。私から仕事を取り上げないでくれと、泣いた。そして腹が立った。同僚には子を持つ男性もいる。彼らがいくらプライベートを犠牲にして働いても、どれだけ不調をきたしても、飲みに誘って慰労するくらいで「子育てに専念したらどうか」とは言われない。なぜ私だけ、仕事を奪われなければならないのか。
あれ。もしかしてこれって、私が女だから?
p.70
・精神を病む女性の多くが経験している性被害
・DV被害者の圧倒的多数が女性であること
・ひとり親の大半が女性であり、多くが働いていながら、貧困率が非常に高いこと
・無職在宅の成人男性は「ひきこもり」として問題視されるのに、同じ状況で暮らす成人女性は「家事手伝い」という名が与えられアンタッチャブルなまま放置されること
・外国から、特にアジアから嫁いでくる女性がおしなべて若く、そして配偶者である日本人男性のほとんどが高齢であること
・望まない妊娠における男性の不在
・「毒親」とラベリングされる母親の影に隠れた、話を聞かない父親の存在
・「障害者の性」にまつわる議論から排除される女性障害者
p.70
環境への懐疑的な眼差しは、男性の優位性を何よりも脅かすものである。そして医療や福祉といった対人援助の組織は、マッチョ化しやすい。誰かが誰かを支援するという不均衡な関係は、支配に限りなく近いものであり、支援する側は無意識的に支配力を希求する。
星野概念「パワーのこと」
p.102
「負ける精神医療」の「負ける」は、精神医療の医療っぽい、権威的な側面を医療者が手放し、人としての側面への意識を強く持ち続けるという雰囲気をまとっているように感じます。一見、専門職性が薄くなるような負け感があるかもしれませんが、これこそが対人的かかわりの奥義なのではないかと思っています。
※「負ける精神医療」は精神科医・山本昌知先生の言葉
水上文「BLとフェミニズム」
p.116
いわゆる「女性向け」の物語において、少女たちはなぜこんなにも「男性から選ばれること」ばかりを夢見させられているのか。問いの全てはBLと共にあった。だからわたしにとってBLについて考えることは、世界について考えることと同義だった。大袈裟にすぎるようにきこえるかもしれないけれど、でも本当にそうだった。
金井冬樹「The powerless Do Have Power.」
p.123
社会が自分の味方をしてくれると感じている元気な男の子たち、そもそもそんなことを考えずに済む人たちとは、いずれ別の生き方をするのだろう、と。
このとき感じたこの感覚が、良くも悪くも僕の人生の核に近いところにあると今になって感じます。
(中略)
僕の大好きなパーソナル・ジンの魅力の一つは、多数の読者に読まれることを想定していないため、言いたいことを言える、つまりセーファースペースを確保した上で話ができることです。必然的に「話す相手を選ぶ話題だけれど、話さずにはいられないこと」が書かれる傾向が強く、それは、いつかの友達の笑っていいのかわからないジョークー傷ついてもやり過ごさなければならない時の、乾いた、怒りと苦しさと諦めがないまぜになったあのユーモアを思い起こさせ、勇気を与えてくれます。
※ジン(zine)個人や少人数による自主制作の出版物
p.124
男性にとってフェミニズムとの距離感は難しい面もあると思いますが、単に女性に対して反省を示したり感謝したり、女性を守ろうとすることではなく「男性も女性も、いずれかに当てはまらない人も、ジェンダーによる差別をうけない社会を目指すこと」や「階級や障害によるあらゆる差別のない社会を目指すこと」、つまり自分の今いる場所から差別をなくそうと努めることが、フェミニズムへの参加につながるのだと思います。
能町みね子「神はいないが」
p.154
私に神はいない。ずっとそう思っていた。今も思っている。
私はそういったものを幼い頃から徹底して持てず、何かを絶対的存在に捉えたり、すがる存在を持ち続けたりできる人のことをうらやましかった。