読み終わった後、暫くの間は考え事が止まずに何を書けば良いか判らなかった。本書テーマとしてはタイトルの通り「戦争はどうすれば終わるか」について、「自衛隊を活かす会」を中心に、それを主催する元官僚の方や国際政治学者、防衛研究所に居たメンバーが、彼らの考え方を述べるものとなっている。小泉政権時代に自衛隊の海外派遣から撤収までを支えたメンバーや、大学で教鞭を執られる方々で会は編成されている。時は丁度、ウクライナとロシアの戦争が開戦から時間も経過し、ウクライナによる大規模抗戦が始まったものの、戦線が膠着し始めた頃に書かれている。そしてイスラエルによるガザ侵攻も開始された。それら近年2つの戦争は2026年を迎えた今も終わりが見えずに続いている。停戦協議は何度となく行われ、一時的な静けさが訪れても、再び数日後にはロケット弾やミサイルが飛び交う。一体これらの闘いが止み、平和が訪れる日など来ないのでは無いか、諦めが心を支配しそうになる。
始めた戦争を終わらせるのは難しい。これは今、誰もが感じている事だと思うが、過去の歴史を振り返っても、数十年、いや百年単位で戦争が続く事はあった。戦争は始めてしまったら、終わらせる方がよほど難しい事を改めて気付かされる。本書も前半は、終わらせる議論をする前に、今回の(ウクライナとロシアの)戦争そのものへの十分な理解が不可欠であり、その背景、指導者の立場を含め、歴史観点からもまず明らかにする事に努める。我々は常々、戦争を外側から見た時、どちらかが悪でどちらかが善であるという二項対立でそれを見ている。実際の現実空間で起こっている戦争は、双方が戦場で生き残るための命を賭けた闘いだ。一方でこの戦争による直接的な被害も受けず(経済的なダメージは一旦置いて)、当事者でない外野である日本人は、この戦争をあくまで報道などの記事から情報を得て、好き勝手に立場を言える身である。本書でも何度も登場する言葉である「言説空間」だ。自分の情報源に基づいたものだから、ロシアが悪に見えたり、一向に抵抗をやめないウクライナにさえ不満を抱く人もいるかもしれない。我々の国が他国に蹂躙されているわけでもないから、ウクライナの人々が感じる領土を奪われる怖さを目の当たりにしているわけではない。欧米のメディアが伝える言葉を鵜呑みにする方もいるだろう。我々には真実はわからない。プーチンにはプーチンの考え方、ロシアの立ち位置があり、領土を奪われる事が死に直結するかもしれないゼレンスキーやウクライナの人々にも生存権がある。双方の意見や主張をぶつけ続ければこの戦争は終わらない様に見える。だが両者共に妥協できるポイントを早く見つけて、停戦でも良いから戦闘をやめない限り、死者は確実に増え続ける。こんな当たり前のことに頭を悩ませているわけではない。本書を読んで感じるのは、その当たり前のことさえ出来ずにいる世界の複雑な繋がり方が、ぐちゃぐちゃに絡み合って解けない、細い糸の様に感じることだ。勿論世界の国々を見れば関係性の深い、互いに信頼しあった同盟国というものも存在するだろう。だがそれさえ指導者が変わればどうなるかわからない。更には自国第一主義に傾きかける世界。自国のためにならないことへの関心を薄め、世界平和の和からこぼれ落ちていく国々。こうした世界の流れを見ていると、この先数年先に暗い世界が訪れるのではないか、その漠然とした不安に苛まれる。
本書を読めば如何に始めた戦争を終わらせるのが難しいか、改めて感じる人が大半だろう。そしてその難題から目を背ける人も出てくるだろう。無関心が世界を更に混沌とさせて、自国の事、目の前の事に集中する様になる。これで良いのだろうか、これが読み終わった直後の感覚である。本書纏めの中に、戦争は始める時に終わり方を考えておかなければならない、といった話が出てくるが、他の書籍でも頻繁に見る言葉だ。だが想像以上にそれは難しいのではないだろうか。自分たちの思惑を先ほどの絡み合う糸玉の様な世界に針を刺してみても、針は糸玉の反対側へ辿り着けない。複雑すぎる世界の強度は、例えロシアの様な大国でも壊せない。ウクライナとNATO各国が団結したところで防ぎきれない。
ただ間違いないのは、人々の心の中に本気で平和が何かについて考え、それがどの様な状態であり、自分自身がその渦中にあって、平和を希求している事が、平和に不可欠な要素であるという事だ。我々は無関心でいてはならない。