あらすじ
憎悪か? 理性か?
停戦の困難さから考える日本の国防政策。
21世紀の戦争論!
◆内容説明◆
ロシア・ウクライナ戦争は泥沼化し、戦死者の数はふくれあがっている。
戦闘の終わる気配が見えない中、中東ではイスラエルとパレスチナのハマスの間で新たな紛争が起きてしまった。
いずれも歴史的な経緯と国民感情もあり停戦は困難、かつ終戦は遠い状況だ。
そして欧米のウクライナ支援の延長で、「テロとの戦い」と称しガザで民族浄化を行うイスラエル支持に日本はまわっていいのか?
軍事と紛争調停のリアルを知る専門家がふたつの戦争の背景や戦史をひもときつつ、停戦の困難さと可能性を多角的に分析。
そして導き出された教訓をもとに、「非戦」という理念にもとづいた日本の安全保障のあるべきスタンスを提示する。
◆主な内容◆
第1章 ウクライナ戦争の終わらせ方を考える
・戦争はどういう時に終わるのか
・戦争の歴史から見た停戦と専守防衛
・戦争は情報の相互作用である
・即時停戦の必要性と実現可能性
第2章 討論 戦争を理解できなければ停戦もイメージできない
第3章 ガザの戦争・人道危機を考える
・戦争の結果という視点から考える
・まだ「名称」が付けられない「ガザ紛争」
・厄介な戦争
・誰がどんな形で停戦をリードできるか
第4章 戦争を終わらせた後の世界に向けて
・分断と戦い停戦を追い求める
・システム論から見える停戦の難しさ
・「三十年戦争」から見る戦争のやめ方
・なぜ「非戦」にこだわるのか
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
読み終わった後、暫くの間は考え事が止まずに何を書けば良いか判らなかった。本書テーマとしてはタイトルの通り「戦争はどうすれば終わるか」について、「自衛隊を活かす会」を中心に、それを主催する元官僚の方や国際政治学者、防衛研究所に居たメンバーが、彼らの考え方を述べるものとなっている。小泉政権時代に自衛隊の海外派遣から撤収までを支えたメンバーや、大学で教鞭を執られる方々で会は編成されている。時は丁度、ウクライナとロシアの戦争が開戦から時間も経過し、ウクライナによる大規模抗戦が始まったものの、戦線が膠着し始めた頃に書かれている。そしてイスラエルによるガザ侵攻も開始された。それら近年2つの戦争は2026年を迎えた今も終わりが見えずに続いている。停戦協議は何度となく行われ、一時的な静けさが訪れても、再び数日後にはロケット弾やミサイルが飛び交う。一体これらの闘いが止み、平和が訪れる日など来ないのでは無いか、諦めが心を支配しそうになる。
始めた戦争を終わらせるのは難しい。これは今、誰もが感じている事だと思うが、過去の歴史を振り返っても、数十年、いや百年単位で戦争が続く事はあった。戦争は始めてしまったら、終わらせる方がよほど難しい事を改めて気付かされる。本書も前半は、終わらせる議論をする前に、今回の(ウクライナとロシアの)戦争そのものへの十分な理解が不可欠であり、その背景、指導者の立場を含め、歴史観点からもまず明らかにする事に努める。我々は常々、戦争を外側から見た時、どちらかが悪でどちらかが善であるという二項対立でそれを見ている。実際の現実空間で起こっている戦争は、双方が戦場で生き残るための命を賭けた闘いだ。一方でこの戦争による直接的な被害も受けず(経済的なダメージは一旦置いて)、当事者でない外野である日本人は、この戦争をあくまで報道などの記事から情報を得て、好き勝手に立場を言える身である。本書でも何度も登場する言葉である「言説空間」だ。自分の情報源に基づいたものだから、ロシアが悪に見えたり、一向に抵抗をやめないウクライナにさえ不満を抱く人もいるかもしれない。我々の国が他国に蹂躙されているわけでもないから、ウクライナの人々が感じる領土を奪われる怖さを目の当たりにしているわけではない。欧米のメディアが伝える言葉を鵜呑みにする方もいるだろう。我々には真実はわからない。プーチンにはプーチンの考え方、ロシアの立ち位置があり、領土を奪われる事が死に直結するかもしれないゼレンスキーやウクライナの人々にも生存権がある。双方の意見や主張をぶつけ続ければこの戦争は終わらない様に見える。だが両者共に妥協できるポイントを早く見つけて、停戦でも良いから戦闘をやめない限り、死者は確実に増え続ける。こんな当たり前のことに頭を悩ませているわけではない。本書を読んで感じるのは、その当たり前のことさえ出来ずにいる世界の複雑な繋がり方が、ぐちゃぐちゃに絡み合って解けない、細い糸の様に感じることだ。勿論世界の国々を見れば関係性の深い、互いに信頼しあった同盟国というものも存在するだろう。だがそれさえ指導者が変わればどうなるかわからない。更には自国第一主義に傾きかける世界。自国のためにならないことへの関心を薄め、世界平和の和からこぼれ落ちていく国々。こうした世界の流れを見ていると、この先数年先に暗い世界が訪れるのではないか、その漠然とした不安に苛まれる。
本書を読めば如何に始めた戦争を終わらせるのが難しいか、改めて感じる人が大半だろう。そしてその難題から目を背ける人も出てくるだろう。無関心が世界を更に混沌とさせて、自国の事、目の前の事に集中する様になる。これで良いのだろうか、これが読み終わった直後の感覚である。本書纏めの中に、戦争は始める時に終わり方を考えておかなければならない、といった話が出てくるが、他の書籍でも頻繁に見る言葉だ。だが想像以上にそれは難しいのではないだろうか。自分たちの思惑を先ほどの絡み合う糸玉の様な世界に針を刺してみても、針は糸玉の反対側へ辿り着けない。複雑すぎる世界の強度は、例えロシアの様な大国でも壊せない。ウクライナとNATO各国が団結したところで防ぎきれない。
ただ間違いないのは、人々の心の中に本気で平和が何かについて考え、それがどの様な状態であり、自分自身がその渦中にあって、平和を希求している事が、平和に不可欠な要素であるという事だ。我々は無関心でいてはならない。
Posted by ブクログ
「ウクライナ戦争をどう終わらせるか?」というテーマで専門家がそれぞれエッセイを寄稿、討論した記録。「自衛隊を生かす会」事務局による「はじめに」は2023年11月の日付となっているが、10月7日以降のイスラエルのジェノサイドも急遽話題に取り入れられている。
全体的なトーンが「日本人は戦争のリアルを知らない」という問題意識に貫かれていて、それは確かにそうなのだけれど――林吉永が強調するように、自衛隊が想定する「専守防衛」とは「本土決戦」に他ならず、伊勢崎賢治が主張するように、現在も日本は朝鮮戦争が作った軍事的な枠組みの中にある――、柳澤以外の「専門家」の軍事主義的な発想が気になってしまった。
議論の枠組みが、現在の国際秩序の中で日本が何をするのか/させられるのかという「安全保障論」のレベルにとどまっていて、ではどんな世界を、どんな国家間関係を、どんな市民としての努力や活動を造り上げていくかという問いは立てられないままだ。その意味でも、現在の日本社会で反戦・反軍事主義を主張するなら、このレベルの議論は最低限乗り越えなければならないものであることは確かだろう。