徳井直生の作品一覧
「徳井直生」の「つくることとAI 生成と複製のあいだで」「創るためのAI 機械と創造性のはてしない物語」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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ビジネス・実用
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
丁寧で非常に良い。
各章の流れも解説もよくまとめられているが、最も重要だと感じたのは「フクセイAI」と捉えるべきであるという芯を捉えた主張と、道具の誤用可能性のくだりだ。
テキストエディタでも、例えばAA文化や、txtのファイル名をフォルダ内における注記や小題のように使う手法のように誤用可能性は存在するが、鉛筆やペンなどにおける可能性と比べれば非常に範囲が小さい。
思えば、デザインの世界では直観的に、誤らず使えるようにすることが求められる。そこにアート性を持ち込むと、面白いものは出来るが、一方で作業、仕事としては使いにくくなる。
シンプル過ぎて間違えやすい男女トイレのマークだとか、景観に溶け込み過ぎて見つけられない消火器などデザインのアンチパターンは時折物議を醸す。
アプリでは、近年は特に汎用的なアプリは避けられていて、様々な機能を搭載したものよりも、直観的に使える、1アプリ1用途のものが望ましい傾向もある。
スーパーアプリを目指す傾向もあるとはいえ、多様な機能を搭載したアプリほど使用時に迷い、開発のコストも上がり、段取りも単一障害点も増大する。完成度が低くともスピーディに世に出して、まずシェアと権利を取り、それからブラッシュアップしていくというのが開発の世界でのスタンダードになりつつある。
これらの例は全て、アートではなく、経済合理性ドリブンだからだ。
現在のAIは経済合理性の文脈の中にあって、提供する側も使う側も、経済合理性をベースにハンドリングする。
それをアートに用いるというのが、まぁある意味でアートなわけだが、中々に使いにくいものなのであろう。それでいながら、アートの領域を狭めうる圧力を持つが故に厄介なのだ。
アートの側からその問題児をどう扱うか、やれることとして、徳井氏の主張する、「そもそも生成という言葉よりもフクセイ(≒複製)の方がエクタイプ的性質を正しく表すことを理解すること」と、LLMレベルからアートに組み込んで活用するアプローチは的を得ていると思う。
自分は手を動かして作ることも楽しいと感じる方なので、AIとは関係ない世界での創作にも携わり続ける。また同時に仕事においてAIをフル活用してゴールを見据えた形での経済的価値を生み出しもする。
ただし同時に、AIを用いてクリエイティビティをどう発揮するかという点について考え続けるということも、弛まずに進めようと改めて思った。
Posted by ブクログ
創るという作業は、過去の作品の影響を大なり小なり受けている。沢山の学びの中から人それぞれの思考、個性が加えられ、オリジナルな作品が生まれる。良作をまねただけの作品は模造品のように映り、本物には敵わない。モノマネ芸とAI美空ひばりの対比はとてもわかりやすい例。
これに対し、生成AIは人の理解を超える量・速度ではあるものの、同様のプロセスを経て何かを創る。その上で、模造品とならないオリジナルな要素を含めることができるかどうかが、価値のある作品になるかの境目になる。
生成AIの技術が実用化されはじめた昨今、AIに関する賛否が議論されているが、効率化のみならず、価値があると誰もが判別するようなオリジナルな作品が生成AIで創られた時、世の中の風向きが大きくなるのではないかと本書を読んで思った。