作品一覧

  • 地底の大冒険―タケシと影を喰らう龍魔王

    地底の大冒険―タケシと影を喰らう龍魔王

    小説・文芸

    -
    1巻1,980円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ■■バルザック研究の第一人者・私市保彦がおくる、 現代と過去を融合させた冒険ファンタジー■■ つらいイジメに悩んだ過去を今も引きずる高校生・タケシ。あるときから、彼の住む町では<影が薄くなる>という不思議な病が蔓延しはじめる。影が薄くなった人は、しまいには亡くなってしまうのだ。 タケシの妹・マリーは、「豊年満作」を祈願する祭で、金のバチで太鼓を打つ聖女に選ばれていた。ある日突然、金のバチが盗まれ、マリーも姿を消す。実は、これらはすべて、地底の龍魔王の仕業だった。龍魔王は、聖女・マリーに霊力のある金のバチで太鼓を打たせ、地底と地上の世界を悪で支配することを企んでいたのだ。 タケシはマリーを救うため、ふしぎなきっかけで自分と合体した先祖の「三郎蛇」とともに、地底の龍魔王を倒す旅に出ることになる。地底では、霊力をもった鹿族の長老「鹿男」や、三郎の地底での妻の妹「月姫」と出会い、助けられながら龍魔王の潜む地底の奥深い地へ向かうが、途中、龍魔王の手下たちからさまざまに攻撃をうける。 また、龍魔王のせいで大切な資源を失い、災厄に襲われている「桶造りの里」と「紙漉きの里」を訪れ、その被害を目の当たりにして、タケシは怒りを募らせる。 龍魔王のもとへ行くには、三つの厳しい山、「炎の山」、「氷雪の山」、「〈大化け〉の山」を越えねばならなかった。臆病で、自分に自信を持てないタケシだったが、妹・マリーのため、自分を信頼し、助けてくれる地底の人々のため、それぞれの山に挑み、龍魔王に立ち向かうことを決意する――。
  • 海底二万里 上

    海底二万里

    小説・文芸

    3.1
    1~2巻924~1,111円 (税込)
    ネモ船長のひきいる潜水艦ノーチラス号に思いがけず乗船したアロナックス教授,従者コンセイユ,銛打ちネッドの,海底での大冒険を描く古典.ヴェルヌ没後100年におくる完全新訳.

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  • 二年間の休暇 上

    二年間の休暇

    小説・文芸

    5.0
    1~2巻836円 (税込)
    休暇で6週間の航海に出ることになっていた寄宿学校の生徒たち。ところが船が流され、嵐の果てにたどりついたのは無人島だった――。少年たちは、時に反目し合いながらも、自らの知恵と勇気で運命を切り開き、島での生活を築きあげていく。〈十五少年漂流記〉として知られるヴェルヌの傑作冒険小説。完訳版。

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ユーザーレビュー

  • 二年間の休暇 下

    Posted by ブクログ

    これは名作だわ、さすがだわ。ドキドキワクワクが止まらないわ。とても100年以上前に書いたものとは思えない異才ぶりだわ、ひきつけられる文章すごい。学校もの、無人島もの、冒険譚、国籍・人種・年齢のダイバーシティマネジメントなんか今に通ずるものあるよね。色んな特徴を持った子供たちが組織力を発揮することで生き延びていく、リーダーってすごい。
    ドニファンみたいな子いるよなぁとか、ゴードンみたいな子いるよなぁとか、ブリアンに自分を重ねてみたり。でも実際には自分はモブの中の一人なんよなぁ。
    とにかく息をつかせぬ展開でなかなかハラハラドキドキ。2年間の休暇というタイトルも面白い、2週間の休暇予定が2年間も。

    0
    2025年02月15日
  • 二年間の休暇 上

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    最近ではこの物語の標題も「二年間の休暇; Deux Ans de Vacances」という著者がつけたタイトルどおりに翻訳された本が多いようですが、KiKi の子供時代にはもっぱら「十五少年漂流記」というタイトルで知られていました。  だから恥ずかしながらこの本が出版されたのを知った時、KiKi 自身はこの物語があの「十五少年漂流記」であることをちゃんと認識していませんでした ^^;  ま、それはさておき、子供時代に KiKi が読んだその「十五少年漂流記」は先日ブログでご紹介した「世界少年少女文学全集」の中の1冊で抄訳版でした。  ですから今回が「全訳版」の初読体験となります。

    以前、「ロビンソン・クルーソー」の Review にも書いたけれど、あの本といいこの本といい、KiKi の子供時代にはどちらかといえば「男の子向き」の本としてカテゴライズされていたように思うんですよね。  実際、KiKi も抄訳版の「十五少年」を楽しく読んだけど、当時の自分とは異なりやたらと生活力旺盛な彼らにどこか「できすぎ」的な感想を抱いたうえに、「冒険」とか「自活」というお話にはあまり興味がなかったせいもあって、何度も何度も繰り返し読むには至りませんでした。

    その後、大学時代に W.ゴールディングの「蠅の王」に出会い、どうやら KiKi の頭の中ではこれら2冊の本がごっちゃになってしまっていたようです。  時代設定も、ストーリーも、「漂流記」という共通点こそあれ全然違うのにね・・・・・(苦笑)  だから今回の読書では時折、「あれ?  こうだっけ??」と戸惑うことも多く、そういう意味では初読と同じくらいの驚きや意外性に楽しませてもらいました(笑)

       

    さて、子供時代には漠然と感じていた「できすぎ」感・・・・のようなもの。  今回もこれに近いものはかなり強く感じました。  下は8歳から上は14歳までの少年15人が無人島に漂着したわりには、やたらと創意工夫の能力が高い・・・・。  ロンビンソン・クルーソーのような大人ならいざ知らず、彼らが漂着した際に乗っていたスルギ号の部材で生活環境を整えていくあたりは、彼らが子供であることをほとんど感じさせません。  さらに言えば子供たちが自分たちで「学校もどき」を作り上げるあたりは、いかに極寒に閉ざされる冬の暇つぶしという環境がさせたこととは言え、やっぱり「できすぎ」感を感じずにはいられません。  しかもいかにメンバーの中に手先の器用な子がいるとは言え、漂着先でスケート靴を作ってスケートに興じるなんて・・・・・(苦笑)  

    漂着したスルギ号から持ち出した燃料だけでは暮らしていけないから・・・・とアザラシから油をとることを考えるのもビックリ仰天。  そもそも KiKi にはそんなことは思いつけないだろうし、もっと言えば仮に必要に迫られて何とか思いついたとしても、アザラシの解体なんてできそうにない・・・・・(苦笑)  もっとも・・・・・。  彼らは1人を除くと一様にいわゆる上流階級に属する子供達なんだけど、当時の物質文化は現代の一般家庭の子供と比較してもさほど恵まれていたわけではなかっただろうから、そういう意味では「自然の中で生き抜くには何が必要か?」に関しては知識も、さらには「自らの手で何とかする」度胸・覚悟といったものも日常生活の中で自然と備わっていたのかもしれません。

    この物語の中で KiKi がもっとも「できすぎ」感を感じるのは、彼らが着るものにまったく困っていないところです。  8歳から14歳までの少年と言えば「育ちざかり」です。  とりあえず漂着した時点で着るものにさほど不自由していないのはいいとして、二年間という長いようでいて比較的短期間の自給自足生活で済んだことを考慮に入れたとしても、身体の成長に手持ちの衣類が追いつかなくて、ついでにやっている生活はサバイバリストのそれだから、あちこち破けたり綻んだりして着るものがなくなっていってもおかしくないのに、何故かみんなこざっぱりとしています。  特にこの本の挿し絵(レオン・ブネット)を見ると、まるでハイキングか狩りに行く時みたいな恰好です ^^;  あ、でもこの挿絵、雰囲気があって好きなんですけどね。

    彼らが漂着した島を「植民地」と呼んだり、みんなのリーダーを選ぶのに選挙をするんだけど、一緒に漂着した黒人の見習い水夫には選挙権がないというような描写は時代を感じさせます。  ただ選挙権がないことを除くと、この見習い水夫君はかなり有能な人物として描かれているうえに、尚且つ、他の少年達も彼を隷属させているような意識はないように描かれているので、そういう意味ではなかなか先進的な考え方の少年達の集団だったのかもしれません。

    漂着した彼らはニュージーランドから来たことになっているんだけど、国籍は様々で、フランス人2名、アメリカ人1名、イギリス人11名、黒人(国籍不明)1人で、当時のニュージーランドが植民地であったこと、現在もイギリス連邦加盟国であり、英連邦王国の一国であることを改めて思い出させます。  そして KiKi にとってかなり印象的だったのが唯一のアメリカ人であるゴードンがこの島の植民地化に他の少年達とは比べものにならないほどずばぬけて熱心だったことです。  ヨーロッパの列強が帝国主義に邁進していた時代に、二流国として彼らを追いかけ続けていたアメリカの姿がここにやんわりと揶揄されているように感じました。

    イギリス人の中のリーダー的存在であるドニファンとフランス人のうちの兄であるブリアンの確執は、彼らの性格によるもの・・・・・というように描かれているけれど、英仏2国の歴史的な関係の縮図みたいな印象があります。  ヴェルヌ自身がフランス人のためか、どこかブリアンを「良い子」扱い、「人気者扱い」しているのがちょっと笑えます。  でも、よくよく読んでみると、ブリアンにもどこか小賢しいようなところ、計算高いところが見え隠れするのはやっぱりお国柄でしょうか・・・・・(笑)

    いずれにしろ、どこか似ている「蠅の王」では少年たちの中に死亡者が出てしまうのに、こちらの物語では15人が1人も欠けることなく本国に帰還します。  その帰還直前に、彼らの植民地に後から漂着した「極悪人」設定された大人たちとの戦いのシーンがあるんですけど、「極悪人 ≒ 殺されても仕方ない人種」という描き方には若干の抵抗を覚えます。  もちろん「やるか、やられるか」の世界なわけだから必要以上に美化することもないとは思うけれど、こういう端々に「善悪二元論」的な価値観が見え隠れして、何となく落ち着かない気分になります。

    最後の一文が印象的です。



    しかし - どの子供達にも知っておいてもらいたい - いかに危険に満ちた難局であろうと、秩序と熱意と勇気をもってすれば切り抜けることができるのである。  とりわけ、「スルギ号」の少年漂流者たちのことを思い、次のことを忘れないでほしい。  少年たちは試練によって成熟し、生きるための厳しい修練を積み重ね、帰国した時には、下級生たちはほとんど上級生のように成長し、上級生はほとんど大人のように成長していたのである。



    ヨーロッパ(特に英国では顕著)では「子供」を日本ほど「子供扱い」せず、「小さな大人扱い」する傾向があります。  この物語に出てくる15人の少年たちはまさにその「小さな大人」を具現化したような存在だと感じられました。

    0
    2013年10月24日
  • 二年間の休暇 下

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    最近ではこの物語の標題も「二年間の休暇; Deux Ans de Vacances」という著者がつけたタイトルどおりに翻訳された本が多いようですが、KiKi の子供時代にはもっぱら「十五少年漂流記」というタイトルで知られていました。  だから恥ずかしながらこの本が出版されたのを知った時、KiKi 自身はこの物語があの「十五少年漂流記」であることをちゃんと認識していませんでした ^^;  ま、それはさておき、子供時代に KiKi が読んだその「十五少年漂流記」は先日ブログでご紹介した「世界少年少女文学全集」の中の1冊で抄訳版でした。  ですから今回が「全訳版」の初読体験となります。

    以前、「ロビンソン・クルーソー」の Review にも書いたけれど、あの本といいこの本といい、KiKi の子供時代にはどちらかといえば「男の子向き」の本としてカテゴライズされていたように思うんですよね。  実際、KiKi も抄訳版の「十五少年」を楽しく読んだけど、当時の自分とは異なりやたらと生活力旺盛な彼らにどこか「できすぎ」的な感想を抱いたうえに、「冒険」とか「自活」というお話にはあまり興味がなかったせいもあって、何度も何度も繰り返し読むには至りませんでした。

    その後、大学時代に W.ゴールディングの「蠅の王」に出会い、どうやら KiKi の頭の中ではこれら2冊の本がごっちゃになってしまっていたようです。  時代設定も、ストーリーも、「漂流記」という共通点こそあれ全然違うのにね・・・・・(苦笑)  だから今回の読書では時折、「あれ?  こうだっけ??」と戸惑うことも多く、そういう意味では初読と同じくらいの驚きや意外性に楽しませてもらいました(笑)

       

    さて、子供時代には漠然と感じていた「できすぎ」感・・・・のようなもの。  今回もこれに近いものはかなり強く感じました。  下は8歳から上は14歳までの少年15人が無人島に漂着したわりには、やたらと創意工夫の能力が高い・・・・。  ロンビンソン・クルーソーのような大人ならいざ知らず、彼らが漂着した際に乗っていたスルギ号の部材で生活環境を整えていくあたりは、彼らが子供であることをほとんど感じさせません。  さらに言えば子供たちが自分たちで「学校もどき」を作り上げるあたりは、いかに極寒に閉ざされる冬の暇つぶしという環境がさせたこととは言え、やっぱり「できすぎ」感を感じずにはいられません。  しかもいかにメンバーの中に手先の器用な子がいるとは言え、漂着先でスケート靴を作ってスケートに興じるなんて・・・・・(苦笑)  

    漂着したスルギ号から持ち出した燃料だけでは暮らしていけないから・・・・とアザラシから油をとることを考えるのもビックリ仰天。  そもそも KiKi にはそんなことは思いつけないだろうし、もっと言えば仮に必要に迫られて何とか思いついたとしても、アザラシの解体なんてできそうにない・・・・・(苦笑)  もっとも・・・・・。  彼らは1人を除くと一様にいわゆる上流階級に属する子供達なんだけど、当時の物質文化は現代の一般家庭の子供と比較してもさほど恵まれていたわけではなかっただろうから、そういう意味では「自然の中で生き抜くには何が必要か?」に関しては知識も、さらには「自らの手で何とかする」度胸・覚悟といったものも日常生活の中で自然と備わっていたのかもしれません。

    この物語の中で KiKi がもっとも「できすぎ」感を感じるのは、彼らが着るものにまったく困っていないところです。  8歳から14歳までの少年と言えば「育ちざかり」です。  とりあえず漂着した時点で着るものにさほど不自由していないのはいいとして、二年間という長いようでいて比較的短期間の自給自足生活で済んだことを考慮に入れたとしても、身体の成長に手持ちの衣類が追いつかなくて、ついでにやっている生活はサバイバリストのそれだから、あちこち破けたり綻んだりして着るものがなくなっていってもおかしくないのに、何故かみんなこざっぱりとしています。  特にこの本の挿し絵(レオン・ブネット)を見ると、まるでハイキングか狩りに行く時みたいな恰好です ^^;  あ、でもこの挿絵、雰囲気があって好きなんですけどね。

    彼らが漂着した島を「植民地」と呼んだり、みんなのリーダーを選ぶのに選挙をするんだけど、一緒に漂着した黒人の見習い水夫には選挙権がないというような描写は時代を感じさせます。  ただ選挙権がないことを除くと、この見習い水夫君はかなり有能な人物として描かれているうえに、尚且つ、他の少年達も彼を隷属させているような意識はないように描かれているので、そういう意味ではなかなか先進的な考え方の少年達の集団だったのかもしれません。

    漂着した彼らはニュージーランドから来たことになっているんだけど、国籍は様々で、フランス人2名、アメリカ人1名、イギリス人11名、黒人(国籍不明)1人で、当時のニュージーランドが植民地であったこと、現在もイギリス連邦加盟国であり、英連邦王国の一国であることを改めて思い出させます。  そして KiKi にとってかなり印象的だったのが唯一のアメリカ人であるゴードンがこの島の植民地化に他の少年達とは比べものにならないほどずばぬけて熱心だったことです。  ヨーロッパの列強が帝国主義に邁進していた時代に、二流国として彼らを追いかけ続けていたアメリカの姿がここにやんわりと揶揄されているように感じました。

    イギリス人の中のリーダー的存在であるドニファンとフランス人のうちの兄であるブリアンの確執は、彼らの性格によるもの・・・・・というように描かれているけれど、英仏2国の歴史的な関係の縮図みたいな印象があります。  ヴェルヌ自身がフランス人のためか、どこかブリアンを「良い子」扱い、「人気者扱い」しているのがちょっと笑えます。  でも、よくよく読んでみると、ブリアンにもどこか小賢しいようなところ、計算高いところが見え隠れするのはやっぱりお国柄でしょうか・・・・・(笑)

    いずれにしろ、どこか似ている「蠅の王」では少年たちの中に死亡者が出てしまうのに、こちらの物語では15人が1人も欠けることなく本国に帰還します。  その帰還直前に、彼らの植民地に後から漂着した「極悪人」設定された大人たちとの戦いのシーンがあるんですけど、「極悪人 ≒ 殺されても仕方ない人種」という描き方には若干の抵抗を覚えます。  もちろん「やるか、やられるか」の世界なわけだから必要以上に美化することもないとは思うけれど、こういう端々に「善悪二元論」的な価値観が見え隠れして、何となく落ち着かない気分になります。

    最後の一文が印象的です。



    しかし - どの子供達にも知っておいてもらいたい - いかに危険に満ちた難局であろうと、秩序と熱意と勇気をもってすれば切り抜けることができるのである。  とりわけ、「スルギ号」の少年漂流者たちのことを思い、次のことを忘れないでほしい。  少年たちは試練によって成熟し、生きるための厳しい修練を積み重ね、帰国した時には、下級生たちはほとんど上級生のように成長し、上級生はほとんど大人のように成長していたのである。



    ヨーロッパ(特に英国では顕著)では「子供」を日本ほど「子供扱い」せず、「小さな大人扱い」する傾向があります。  この物語に出てくる15人の少年たちはまさにその「小さな大人」を具現化したような存在だと感じられました。

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    2013年10月24日
  • 海底二万里 上

    Posted by ブクログ

    この本が書かれた時代に空想してここまで書くこともすごいと思うし、
    海の世界の魅力をよく伝えていると思う。

    機械の説明やいろいろと専門的な説明は、ちょっと読むのがめんどくさくなるが、それでも、よく考えられていると思う。

    1つ1つの冒険も、海底の猟、地上での猟、そして原住民とのやり合い、船内で人がなくなったとき、宇宙のような海の世界。

    下巻も楽しみです。

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    2013年02月17日
  • 海底二万里 上

    Posted by ブクログ

    ストーリーと関係のない描写がすごい!
    実際に存在する生物の描写と、空想の描写が入り混じっている気がするのですが、海中の描写や船舶の事故など、これでもかっ!!というほど、細かく解説してくれます。

    上巻だけでも分厚い本なのですが、内容は
    謎の生物が、船舶事故を起こしている。
    この謎の生物にコメントを問われた博物学の博士である主人公が、
    誘われて探索隊に参加する。
    そして、その生物と対峙する。結果、難破してたどり着いたら
    その生物の上で、実は潜水艦でした。というお話です。
    その後、その潜水艦に同乗して色々あるということなのですが
    下巻を読むべきか、ちょっと考えてしまいます。(^_^;)

    0
    2025年05月10日

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