阿部大樹の作品一覧
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Posted by ブクログ
外傷を受けた人は些細な事に驚き、挑発に怒り、睡眠の質が下がる。悪夢もそのせい。
闘争か逃走かしか考えられなくなる。
助けられなかった大切な人の命、その情景は強い重荷になって非常にPTSDを起こしやすいらしい。
当たり前だ。なんでこんな他人事だったんだ?
普通の犯罪は被害者に周りの人が寄り添ってくれるが、性的暴力と家庭内暴力については被害者は守られることが少ない。加害者が権力的に上のことが多いから、みんな加害者の味方をする。
おじちゃんのちょっと反抗期だっただけだろ発言がまさにそれである。
一般人を無垢で汚れていないと同時に現実を知らない無知な人達だと、自分を汚れているけれど優位にあると思うようになる。
そこまでのことはしてないけど、加害者は犯人と呼ばれていた。いつ眠るかを管理される。
「私を壁に叩きつけた。」危ない本だ、何度もトラウマを思い起こさせる。
「家に帰るのが怖くていつも怯えました。」家に帰ったら自分の時間がないのわかってたから美術部の活動だって適当に言ってテスト勉強はフードコートでしてた。
食事管理、耐えられないほどの暑さ寒さの中に置かれるなどと並べて睡眠の管理が語られる。
姉が夜の仕事をしていた時、深夜に帰ってきてもう寝たのか、何先に寝てるんだと寝たフリをしても脅され時には起こされ仕事の愚痴を聞かせられた。
すぐに寝てしまうのは病気のせいだったって今ならわかる、と言ってたけどこのことは覚えてないのだろうか。深夜に起こされて眠い中、眠いと顔に出してはいけず最低でも一時間は話を聞いて、そのあとも寝つきが悪いからすぐには寝られない。これで寝不足になって起きられないのは当たり前じゃないか。
遁走は七、八歳のころにはじまる。
殴られる時、頭を守ると怒られた。受け入れないといけなかった。
解離が出来なくなったとき、子供は虐待を正当化しようとして自分は悪い子だから親はいい人だと思い込もうとする。
私は実はそうでもない。たまに自分が悪かったかなあと思うことはあったけど、理不尽な暴力であることがわかってた。それでも反抗せずに受け入れてたのは、やっぱり状態がおかしい姉を自分が責めると姉は自分を傷つけはじめるって一番最初の記憶があったから。虐待自体より、ここがほんとうに一番大きい。
内的邪悪性。罪なしとされるのを拒否する。
慢性的な睡眠障害。人が近くに来ると起きてしまう。(知人の家に泊まった時の夜勤帰りで絶対起きちゃう、稽古場など人がいる前で寝られない)
双極性の抑うつで朝起きられなかったんじゃない。
お前の虐待が抑うつを引き起こしていた。
不眠は双極性の症状だけどそれだけじゃない。だから眠れなくなった。起きられなくなった。
「今なら病気で起きられなかったんだってわかる」と言ったあいつの認識は間違っている。
発作的な自傷行為は激しい興奮と怒りを抑えるためのもの。虐待児によくみられる。殴られたあとトイレで自分の頭を殴るとすごくスッキリした。「最後に穏やかでほっと救われた感じが強く起こる」。
今ではもう無くなったけど、劇団に入った頃は全然あったな。
反復は被虐待児の語らざる言語である。被虐待児の創作物は同じパターンを描くという話。
『心的外傷と回復』より。私は過酷な状況(とくに兄弟姉妹間)で精神的障害を患った子供の話。
Posted by ブクログ
被害者の視点から被害者の回復のために、社会は何ができるかを書いた本。ここ最近で一番納得する内容が多く、一気に読み進められた。最近、性被害のニュースが多く流れるようになってから、性加害者には厳罰化したほうがよい、という意見をXでよく見かけるようになった。もちろん、憤りがあることはもっともで、でも、そこには被害者の視点が入っていないような気がして、ずっと違和感があった。ハーマンも、被害者よりも周囲の人間のほうが、厳罰化を求めると書いていて、こういうことかと。でも被害者が何を求めるかを聞き取って、それを実践していくことが被害者の方の回復に役立つのだ。それが場合によっては厳罰なのかもしれないし、修復的司法なのかもしれない。ただ、一番中心に置くべき、被害者の方の声を皆がもっと真摯に聞いて社会が何ができるのかを考え、実践することが大事だと思う。皆の思うような怒りを勝手に被害者も感じていると誤解してはならない。もっと事態は複雑だ。だって、多くの加害者は被害者と顔見知りで同じコミュニティに属していることが多いのだから。被害者が加害者に怒りだけではない、いろいろな感情を感じて当然だし、周囲の人が傍観したり、加害者よりになることへの憤りもきちんと考えてほしい。
加害者をただ糾弾したり閉じ込めておくだけでは、見ないことにしているのと同じで、社会は何も変わらない。状況に怒って、すっきりしたことにしていないか。組織や周囲がもっと変わる必要がある。読みながらそんなことを思ったのと、ハーマンのずっと被害者の方への優しいまなざしがある著作で、それが胸に来た。2023年の著作をすぐさま翻訳してくださったことにも感謝。