樟と理桜、2人が結ばれる未来が1巻で描かれたものだから、それが本作の到着すべき結末と勝手に思っていただけに本巻のプロローグは衝撃的。いや、大学入学の頃から博士課程に進む頃まで交際していたのだからそれなりに継続した方なのだろうけど、「別れよう」ではなく「会うべきではない」は並大抵ではない
それは生き方が違うとかよりも深い部分の問題であると示しているのだから
今巻で描かれるのは理学部オリというオリエンテーリング。通常なら学園を舞台としたオリエンテーリングなんて賑やかさ一辺倒を期待してしまうものだけど、本作の場合はそうは行かない。何かしら陰謀を予想してしまう。特に目次に“殺人事件”なんてワードを見付けてしまえば尚の事
他方で問題となるのはそうした陰謀がいつの段階で判明するのかという点か。既に読者は1巻と2巻を読んだ事により本作の傾向を理解している。どれだけ擬態した所で構えて読み進めてしまう
その意味では早い段階でこのオリエンテーリングには“偽者”が紛れ込んでいると謎の忠告が差し込まれるのは良い意味で予想外だったな
……まだCHOSEIグループが関わってくるのかよ、との点も予想外だったけども
さておき、今回の理学部オリは理学部1年組のトップ層が揃い踏みするイベントとなったね
樟や理桜の成績が良いというのは既に示されていたけど、序盤の成績表で上には上が居る…と思わされたよね。てか、試験期間に入部してトップを掻っ攫った戸隠って何なの……
普通に考えればこうしたトップ層が圧倒的且つ縦横無尽に駆け回る様が描かれるだろうと予想してしまうというもの。けど、その理学部オリを仕掛けてくるのは樟達を上回る知性を持つ魔物・本郷であるならば油断は出来ない…というか振り回される事ばかり想像させられる。まあ、実際にその通りに成ったのだから本郷という人物の恐ろしさを再認識させられたのだけど
今巻は理学部オリという輝かしい表面が存在しているけど、同時に表面として描かれるのは理桜の恋心かな。
樟の方が彼女に懸想している点は前々から描かれていたけど、理桜とて同様に樟を特別視している様子が遂に描かれたね。
ただ、理桜が抱いているのは青春小説に私達読者が求めるような甘酸っぱい要素だけでなく、科学的な視点。感覚的に「好き」を自覚しながらもその「好き」がどのように構築されたのかという検証をせずに居られない。樟が自分の中で芽吹いた感情を割と素直に受け止めている様子とは対称的な印象
ここで面白いのは樟も理桜も表面を取り繕うのは上手である為に互いに好意を寄せられている点を全く把握できていない点だね。ここは素直に甘酸っぱい印象を覚えてしまったよ
けれど、この巻を通して少しずつ見えてきてしまうのは樟と理桜の根源があまりに異なっている点か
樟は大木に成れるかどうかも判らない日陰者のスペシャリストとして、理桜はエリートとして日本を支配出来るよう育てられたジェネラリストとして。そのように親から期待されて育てられてきた
そうした根源の違いがあるのが少しずつ今回の理学部オリに纏わる陰謀への向き合い方というか、相手に何を望み、相手から何を望まれるのかという点に繋がっていったように思える
樟は自身を日陰者と定義している為か、理桜には自分の事など気にせずに「好き」を堪能する輝かしい存在で居てくれる事を願った。だから理桜には絶対に知られないように“偽者”の陰謀は裏側で処理した。理桜は自分の「好き」を肯定し守ってくれる樟を好いた。だから「好きな事に熱中して欲しい」と願ってくれた彼の想いを尊重して裏側は探らない。察していたとしても察していないフリをする
これは酷いズレだよね。現状は表沙汰になる問題が起きてないし、樟も無事な姿で居られたから理桜は知らないフリが出来た。でも、これが無視できないレベルと成った時、それでも樟が暗い裏側を知らないでいて欲しいと願うのであれば流石に理桜も我慢できない筈。それがプロローグ部分の未来へと蓄積されるようにして繋がってしまったのかな……
表向きは華々しい理学部の優秀さを協賛企業に知らしめる理学部オリ。けれど、裏向きには“偽者”を探し出すミステリチックなサスペンスとなったね
これ、厄介なのは“偽者”を警戒しなければならないのは当然として、忠告してきた何者かもどこまで信頼して良いか不明瞭だし、理学部オリを仕組んだ本郷すら信用が置けない相手である点。忠告が同じく届いた樟と日知は天狗祭事件で運命共同体となった経緯があるから今回も信頼できる。でも、他の者にまでそれを広げられないし、そもそも理学部オリを失敗させたいわけでもない
そうした制限された信頼は状況への対策をより一層難しくさせるものだね
ただ、そうした不穏さが在ったとしても、本作で描かれた理学部オリは本当に楽しそうなものだったね!
私自身に理系知識が全く無い為に作中で出題される問題は尽く未知の領域、どれもこれも予想も解答も全く不能。その意味ではどの問題も新鮮な気持ちで見守る事が出来たよ
私にとってはどれも解けるだけで「凄い!」と言いたくなるような問題ばかり。それでもYチームの無茶苦茶な優秀さには「凄すぎる……」というかもはや「何が何やら…」な気持ちになってしまったよ……。特に最初の問題、樟達がようやく問題を確認して解き方を打ち合わせ終わった辺りで「解けた」と平然と言ってのけた戸隠には唖然とさせられたよね…。あと、コドン表やバスの時刻表が頭にインプットされている日知にも。本作には何人も魔物が存在するけど、2人はこういった理学部オリにおいては反則級の魔物であるように感じられたよ
そういった唖然とさせられるような解き方が幾つも描かれた最初の課題のオチにも別の意味で唖然とさせられたけどね!何と言うか論理的には間違ってないけど、ミステリとしては間違っている!と言いたくなるね、あれは(笑)
第二の課題も興味深いものとなったね。てか、ここに来てまだ他の魔物が潜んでいたとは思わなかったよ…。ジャガイモ砲を正確無比に打ち込める才能って何……
兎も角、この第二の課題は本郷の意図を所々から感じられるものとなったような
些細な言い間違いという体で百沢をZチームに混ぜ込ませ、一芸に秀でた者が混ざっているだろうと確信していたような『ヤバい粉』も、飛び抜けた者は出現しないだろうと読んでいたかのような虫取り合戦も
まるでこの第二の課題を通して点数調整をしていたのではないかと疑わせてくる
同様にキャンプファイヤーについても、大事故にはならないようにしつつ、事故そのものは容認していると映る
理学部オリにはそこかしこに意図が差し込まれている。だからこそ、そこに樟達の別の意図を差し込む事が出来る。…まあ、それこそ本郷の思惑通りだったのではないかと思わせられる点が恐ろしいけれど
前回、樟は自分だけで対処できない謎について日知と協力する事に成り、その関係はこの3巻でも続いている。加えて、この3巻では更に御影の協力も得られる次第と成ったのは心強い
ただ、気になるのは、これらの関係ってあんまり表沙汰に成らないというか、裏向きの案件に対処する為の協力関係であり、そのような関係が必要となるという事はこれからも裏向きの問題が頻出すると想定されるからであり…
御影先輩がさらっと言った“校内政治”というワードが否応なく嫌な未来を予想させてくるね…
最後に提示された要素は気になるね。この巻を通して現状の樟と理桜は少しずつ惹かれ合いやがて恋仲と成っていくのに微塵も疑いを抱かせない関係に見える。けど、その親達は何かの理由で決裂しながら、それでも息の合った遣り取りをしている
それを幸運の予兆と取るか、不吉な兆しと取るべきか?果たして樟と理桜の今後はどうなっていくのだろうね……
追記
あれ?他の方の感想とか見てると、もしかしてプロローグとエピローグってそういう解釈もあるの?というかソッチの方が本命の読み解き方なの?って自分のが思い込んでいた方向性がぶん殴られてしまった……