2019年6月に行われた「ハヤカワ文庫の百合SFフェア」、その肝となるのがこのアンソロジーだ。雑誌の重版は基本的にないと言われるなか、3刷となって話題になったSFマガジンの百合特集に掲載された5編に加え、新たな書下ろしが4編収録されている。
そのどれもが傑作なのだが、まずはまえがきを読んでほし
...続きを読むい。編集部の”百合丸”こと溝口力丸氏は、まえがきの中で百合について「2019年現在では「女性同士の関係性を扱うもの」という幅広い共通認識」とひとまずの定義をしている。「2019年現在」という文言からも分かるように「百合」という創作ジャンルが何を示すかということは非常に曖昧で、個人的な感覚では「女性同士の恋愛」といった狭い範囲から、「女性同士の関係性」といった広い範囲をカバーするようになっていったように思う。
そんな状況の中「世界初」を謳うこのアンソロジーが、宮澤伊織『キミノスケープ』から始まることには大変意図的なものを感じた。なにせこの作品、登場人物が主人公ひとりしかいないのである。「女性同士の関係性」といっておきながら、関係性を結ぶ相手すらいるのかいないのか分からない作品を「百合」作品だといっていいのか。
「それでもいい」というメッセージを私は受け取った。そもそもひとつの作品が百合かどうかということは、読み手(もしくは書き手)の主観に委ねられることであって、百合か百合でないかを厳密に区分けするようなものではない。だから当然『キミノスケープ』は百合ではないという意見もあるだろうし、それが間違いということもないのだろう。このような作品をアンソロジーの冒頭に持ってくることで、百合というジャンルのそしてSFというジャンルの懐の深さを示しているように思った。