井上義和の作品一覧
「井上義和」の「特攻文学論」「人はなぜ特攻に感動するのか」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「井上義和」の「特攻文学論」「人はなぜ特攻に感動するのか」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
思わず「特攻」で手が伸びてしまった…。映画論の棚にあったら手に取らなかったかも知れない。
まず引かれるのは「ゴジラ-1.0」
この映画に「特攻文学」の特徴を見る。
それは、自らの命を、未来のために自発的に使い、父になる物語。
誰かに強要されるのではなく、自分の栄誉やプライドのためではなく。
この「特攻文学」という言葉は知らなかったが、なんだかやたら「永遠の0」とか「あの花」とか、特攻にかんする物語、また知覧博物館がいけてるスポットであるかのように持て囃されるのを苦い思いで見ていたのは、こういうことかと納得した。
人間の命を粗末に扱った特攻は、あってはいけない。まずそんな正義感があると、「特攻文学」に拒絶から入ってしまう。
しかし、「特攻文学」の刺さるパワーが権力者に奪われたら、それこそ国のために命を差し出す世界に戻ってしまう。
だから、「この話のこの部分は特攻につながる」「特攻につながり感動を誘うには、このような要素が含まれている」と見つめておくべきだという話。
大変参考になる話だと思う。
ただ、映画論で終わってしまったので、もう少し現実世界に繋げて欲しい気もするがそれをしたら「映画論が読みたいだけなのに!」という人には叱られてしまうのだろうか。
「特攻隊が命を捨ててこの国を守ってくれたおかげで今の我々があるんだよ」
例えばこのような言説に対抗するのが、一読者に託されるとちょっとつらい。
もう少し導いて欲しかった。
Posted by ブクログ
どんな理由があれば我々は納得して戦死を受け入れられるのかを考察している一冊。
『ちょうどいい、節度ある、穏健な』戦死観の模索が始まります。
現代日本人の多くは戦死という現実への反応として、考えたこともない(未見)、考えたくもない(拒絶)、考えるべきではない(禁止)、のいずれかの思いにより思考停止しているのではないでしょうか。
ゴジラ理論の解説ではかつての日本兵戦死者へ国民が正面から向き合えていないために、未来の戦死者=自衛隊の戦死者が生まれた時に同じく向き合えず彼らを“行き場のないもの”として宙吊りにしてしまうだろうと考察されています。
国のために殉職・戦死した方々は英霊であると私は考えていますし、彼らの御霊を蔑ろにすることは許されないと思います。
なぜなら彼らの犠牲によって、我々は平和な時代を謳歌できるのですから。
心に響いた部分を引用して結びとします。
“瀧野は、自衛官はこれから戦死することになるのか、と信頼する高級幹部にメールで尋ねてみます。けれども、なかなか応答がありません。だいぶ待ってやっと届いた返信は、苦渋に満ちたものでした。
〈「戦死」という話ですが、正直、今のこの国は自衛官が命を賭けて守るに足るとは思えないですね・・・・・・寂しいですが、仮に「戦死者」が出ても、その意味を理解し悲しんでくれる国民が何割いるでしょうか。・・・・・・あきらめております〉”
“特攻平和会館の入り口近くの桜並木の下で、本を読みなからスタッフらを待っていました。本のなかで特攻隊員の遺書の次の一節を読んだとき、電流が走ります。
「後に続く生き残った青年が、戦争のない平和で、豊かな、世界から尊敬される、立派な文化国家を再建してくれる事を信じて、茂は、たくましく死んで行きますが」――。”