木庭顕の作品一覧
「木庭顕」の「クリティック再建のために」「誰のために法は生まれた」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
「なんかよく分からないけれどここには大切なことが書いてある」と感じる本。
そんな本に20代のころにはよく出会ったように思う。
そしてなんだか訳の分からないままに読み進めて、運がよければそれを仲間と語り合って、何か掴みかけたような気がする手がかりを確かな手ざわりのある論理に変えていく。
そんな経験が昔はしばしばあったように思う。
それは馬齢を重ねるなかで、それなりにまあ分かることも増えてきたからということもあるだろけれど、「分からない」中に希望や期待を見出すことができる頭や精神の柔らかさが、それこそ馬齢を重ねた結果失われたためだろう。
そして久しぶりに出会ったのがこの本である。
「なんかよく分からないけれどここには大切なことが書いてある」と感じて読み進める感覚。
まだまだ私の頭や精神にも柔らかい部分があったんだと思うと、それだけで嬉しい。
内容は「法」や「政治」の本質に迫ろうとするもの。
「法」を相手にずっと研究に取り組んできた老教授が、古典文学テクストを手がかりに、中高生を相手にしながら、その核心へと迫っていく。
とてもエキサイティングでスリリングだ。でも老教授が何十年の相手にしてようやく至った「法」の核心を語ろうとするのであるから、当然それはすっと飲み込めるような軽いものではない。
ただどうしても食べたくなる。本書の言葉で言えば「こっちの水はあ~まいぞ」という声が聞こえてくるからだ。
そうした声に誘われるようにふらふらと最終章まで読み進めると、それでもなんか大切なことのいったんには触れられた安心感がある。
もちろんそれはかりそめの安心感にすぎない。
十牛図(禅)で言えば「見跡」「見牛」くらいの段階だろう。でもそれでも大切なプロセスの最初の一歩、二歩分くらいは進んだと言えるのではないかと思う。
だから本書の相手も中高生なのだろう。
ここからは一人一人が「悟り」に向けてその歩みを進めていくことが期待されている。
ぜひ若者たちにはそうした道を歩んでもらいたいと思う。
同時に「おっさん」になったことを免罪符にしてはいけないのだろう。そんなことを痛切に反省させられる一冊になりました。
Posted by ブクログ
近松の古典やギリシャ・ローマの古典、そして実際の判例を取り上げて、中学・高校生と一緒に法とは何か、自由とは何かを考える。徒党(グル)と個人。この対立で徒党を解体して徹底的に個人に肩入れすることが「本来」の法であるという。「占有」という概念が出てくる。二人の人が一つの物にかかわって争っている時に、高い質で持っている方を勝ちとする。その人に占有があるという。それを破る者を失格とする。法の体系の核にこの「占有」という原理がある。最後まで読んでいくと、日本の社会にはこの占有という原理が弱いことが分かる。最高裁の判例でも「占有保持請求本訴ならびに建物収去土地明渡請求反訴事件」で占有をしている方が負けている。現実はなかなか難しい。でもそんな政治システムを形作るのも人間だから、吟味された古典を読んで深く考える人になろうということで終わっている。