作品一覧

  • オペラで楽しむヨーロッパ史

    オペラで楽しむヨーロッパ史

    ビジネス・実用

    3.5
    1巻770円 (税込)
    フランス革命からジャンヌ・ダルクまで、オペラを知れば歴史がわかる! モーツァルト、ヴェルディ、ワーグナー、チャイコフスキー、プッチーニなど、有名作曲家多数登場。
  • 16人16曲でわかる オペラの歴史

    16人16曲でわかる オペラの歴史

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻880円 (税込)
    モーツァルト、ヴェルディ、ワーグナー……作曲家16人の代表作で、オペラ史の流れから時代背景までまるごとつかめる画期的な一冊!
  • バッハ

    バッハ

    ビジネス・実用

    4.4
    1巻814円 (税込)
    西洋音楽史上最大の作曲家の素顔は、敬虔なルター派教徒にして、普通の家庭人だった──。彼が暮らしたドイツの街から、生涯と作品の秘密をたどる。最新の研究成果も網羅。
  • 名画のクラシック 拡大でみる60の音楽物語事典

    名画のクラシック

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻3,960円 (税込)
    ピアノやオーケストラ、オペラ、受難曲など、主にクラシックにまつわる60の絵画とその背景にある歴史文化を解説する。楽譜に隠された秘密や作曲家たちの人生など、西洋音楽とその周辺の文化史をひも解いていく。名画から生まれた音楽や、神話や聖書との関わりにも触れる。フェルメールやモネなどの印象派の絵を収録。絵画の全体図+部分拡大で、これまでと違った視点から見る面白さを味わう。オールカラー、60項目掲載。
  • ヴェルディ

    ヴェルディ

    ビジネス・実用

    3.5
    1巻990円 (税込)
    オペラで泣かせる作曲家、ヴェルディの生涯と作品「椿姫」のような泣ける話や、「アイーダ」のような壮大な物語まで、数々の名作オペラを世に贈りだした、ジュゼッペ・ヴェルディ。宿屋の息子に生まれた彼は、どのようにしてオペラの巨人と呼ばれるほどの大作曲家となったのか。ヴェルディの生涯を、意外に知られていない暮らしぶりや、大農場主としての一面、そして、病院や音楽家のための養老院「憩いの家」の設立、著作権使用を確立した業績などに光をあてながら、じっくりとたどる。それとともに、オペラに「ドラマ」を取り入れた“変革者”としての仕事を丁寧に取りあげる。また、オペラ全二十六作品の「あらすじ」「聴きどころ」「背景と特徴」を掲載。ヴェルディ・オペラのファン必携の一冊である。"

ユーザーレビュー

  • バッハ

    Posted by ブクログ

    773

    加藤 浩子
    東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学大学院修了(音楽史専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学に留学。音楽物書き。著書に『今夜はオペラ!』『モーツァルト 愛の名曲20選』『オペラ 愛の名曲20選+4』『ようこそオペラ!』(以上、春秋社)、『バッハへの旅』『黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ』(以上、東京書籍)、『ヴェルディ』『オペラでわかるヨーロッパ史』『カラー版 音楽で楽しむ名画』『バッハ』(以上、平凡社新書)など。著述、講演活動のほか、オペラ、音楽ツアーの企画・同行も行う。


    ただ、バッハの音楽についてよくいわれる「心を落ち着かせる音楽」だという表現 は、おそらく彼の信仰と関係している。音楽が聴き手の心を揺り動かすことを目的にす るようになったのは、フランス革命以降、音楽が自己表現になって以来のこと。それ以 前の音楽は、世界の調和の写し絵であるとされた。そしてルター派の信仰においては、 音楽は神への捧げ物だった。日的が礼拝であろうと雇い主の娯楽であろうと、音楽は最 終的には「あちら側」への捧げ物として創作されたのだ。バッハはおそらくその態度に おいても完璧で、「音楽」という自分の天分を磨き上げて、あちら側への捧げ物を織り 上げた。

    アイゼナッハの大きな観光名所は二つある。「バッハハウス」とヴァルトヴルク城 だ。街の中心部にあるバッハハウスは、かつてバッハの生家だと考えられており、それ を記念する博物館として開館した。のちにバッハの生まれた家はここではなかったこと が確認されたものの、博物館としてそのまま使われている建物である。一方、街外れ 丘のうえにえるヴァルトブルク城は、ドイツに数ある古城のなかでもおそらくルート ヴィヒ二世が建造した「新白鳥城(1ノイシュヴァンシュタイン城)」とならぶ知名度を 誇る名城だ。創建は一一世紀。緑に覆われた崖のうえにせり出すように建つ山城だが、 ロマネスクやルネッサンスの様式をとどめる堂々とした石造りの「宮殿」と木組みのあ る白壁を持つ「前城」からなり、一度見たら忘れられない個性的な外観をしている。 九九九年にはユネスコの世界遺産に登録された。城からの眺望も素晴らしく、ゆるやか に起伏する大地に広がる「テューリンゲンの森」を見渡すことができる。

    実はバッハは、一族のなかでは飛び抜けて長いあいだ教育を受けている。幼少の頃 通ったドイツ語学校を別にして、アイゼナッハで三年間、オールドルフで五年間、さら に北ドイツのリューネブルクで二年間、合計一〇年間にわたってラテン語学校で教育を 受けているのだ。自分のきょうだいも、父や祖父のきょうだいも、誰ひとりとしてバッ ハのように長く学校に通った人間はいなかった。後にバッハは、自身が大学に行かなっ たことを残念がり、息子たちは大学にやりたいと願うが(そして実際、息子たちの大半は 大学に通った)、バッハの世代の町楽師の息子としては、法外といっていいエリート教 育を受けたのである。

    バッハは生涯、「外国」に足を踏み入れたことがなかった。就職先も、すべて出身地 であるテューリンゲン、そしてお隣のザクセンにとどまっている。そんな彼にとって、 北ドイツは唯一の「外国」にひとしかった。ドイツ国内にあっても、自分の手の届く範 囲の音楽を驚異的なスピードと能力で消化吸収していったバッハのこと、北ドイツとい う「外国」から受けた刺激がどれほどのものだったか計り知れない。

    バッハは国外に出た経験がない。イタリアに留学して最後はロンドンへ渡ったヘンデ ル、ハンブルクで働きながらもパリに進出して名声を高めたテレマンのような同時代の どんよく 人気作曲家とは、そこが違う。だが与えられた機会を貪欲に生かし、しかも自分のもの にしてしまう能力では、バッハは天下一品だった。イタリア風の協奏曲もフランス風の 管弦楽組曲も、そして昔ながらの讃美歌(コラール)に基づく声楽曲も、バッハのフィ ルターを通ると、限りなく精緻で音楽の密度が濃く、練り上げられたと同時に生き生き とした躍動感のあふれるヴィヴィッドな音楽へと変貌するのである。

    ケーテンは、多くのバッハファンにとって憧れの街である。一部のファンにとって は、バッハがもっとも長く暮らし骨を埋めたライプツィヒ以上に、身近に感じられる街 であるようだ。なぜならケーテンは、バッハが職務の関係上、器楽の名作をたくさん創 作した街だからである。キリスト教文化を背景に持たない日本人は、どうしても宗教作 品はとっつきにくく、器楽から入る人が圧倒的に多い。《無伴奏チェロ組曲》や《ブラ ンデンブルク協奏曲》がケーテンで生まれたときいて、ケーテンに親密な感情を抱く とは少なくないのである。

    まして政治は、みなのことについて決める営みです。複数の人びとの間の集合的な決 定にかかわるわけで、そのために、政治は個人的な決定とは別の水準の理不尽さをもた らすものとして、私たちに意識されることが多い。複数による決定ですから、自分の意 のままにはいかないことも少なくないのです。全体を称する多数派の都合のために、 分が損をすることだってある。だからといっていつも従わなければ、決定すること自体 が無意味になってしまいます。この世に自分一人だけで暮らしているわけではないです から、集合的な決定は避けられるものではありません。納得はいかないけれども受け容 れないわけにもいかない。このあたりから、政治というものにはある種の不愉快さ、押 しつけがましさがつきまとうことにもなるわけです。

    バッハの音楽はしばしば「数学的 だといわれるが、中世では音楽は「宇宙の調和」とみなされ、数学 と同じ次元だと捉えられていた。バッハはもともと理論家肌の作曲 家だが、晩年の大作群にはとりわけそのような過去への回帰が、数 学的な指向が見て取れる。

    一七五〇年春、前年来、おそらく糖尿病の合併症として起こった 白内障からくる視力の低下に悩まされていたバッハは、イギリスの 眼科医ジョン・テイラーの手術を受けた。新聞記事などでは名医と もてはやされていたテイラーは実際は山師に近いような人物だった らしく、バッハの目は治るどころか一気に悪化し、完全に失明して しまう。

    なぜ、バッハはこれほど支持されるのか。 実は、筆者にもよくわからない。わからないから、繰り返し旅に 出るのかもしれない。けれどバッハの音楽が、心を強く支えてくれ る音楽であることはたしかだと思う。その背景には、やはり彼が信 仰のひとであり、(クイケンが語るように)「自我」を超越したとこ ろで作曲していたということがあるのではないだろうか。

    0
    2023年07月22日
  • バッハ

    Posted by ブクログ

    今まで数多くのバッハに関する本を読んできたが、この本がベスト。バッハの歩みが精神面のみならず具体的な距離感としても理解でき、バッハの人間としての息遣いも感じられた。筆者の本はオペラや絵画など数冊読んできたが、今回もとても良い本でした。あとがきのラスト3行も全く同感です。

    0
    2018年12月28日
  • 名画のクラシック 拡大でみる60の音楽物語事典

    Posted by ブクログ

    一つの絵画につき2ページほどの解説があり、テンポよく読める。
    内容も簡単すぎず、難しすぎない。

    フォールハウトがハンブルクで描いた絵画には、北ドイツの有名な作曲家2人、ラインケンとブクステフーデが描かれている、とのことだったがラインケンは正直、初耳……笑

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    2026年06月27日
  • バッハ

    Posted by ブクログ

    「音楽家一族の家に生まれ、ごく自然に音楽家になり、当時の音楽家にならって宮仕えをし、家庭用営み、一生を終えた」との記述が、バッハの生涯を端的に表している。バッハ一族はルター派の音楽家で、彼らの職場はルター派の教会だった。

    1703年、18歳の時、アルンシュタットに新造された教会のオルガニストとして、初めての定職を得た。

    ヴァイマルに着任して間もない頃からイタリア人作曲家の声楽曲や協奏曲を書き写しており、とりわけイタリア風の協奏曲はバッハを魅了した。

    バッハが人生後半の四半世紀を過ごしたライプツィヒは、ワーグナーが生まれ、シューマンが大学に通ってクララと恋に落ち、メンゲルゾーンがゲヴァントハウス管弦楽団の音楽監督として、そしてバッハ復興の立役者として活躍した町。

    ライプツィヒにおけるバッハの27年間は、膨大な数の教会作品を作曲した1720年代、世俗音楽を多く作った1730年代、「音楽の捧げもの」BWV1079、「フーガの技法」BWV1080、「ロ短調ミサ曲」BWV232のような集大成的な作品に取り組んだ1740年代の3つに分けられる。

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    2025年11月11日
  • 16人16曲でわかる オペラの歴史

    Posted by ブクログ

    オペラの主要な作曲家にスポットを当て、その代表作の内容や社会的背景、音楽上の特徴を分かりやすく解説している。
    深掘りはしていないので、オペラをこれから鑑賞したい、色んな作品との歴史的な関わりを知りたい、という人にオススメ。

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    2023年09月27日

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