あまりにも有名な作品でありながら、じっくりと読んだことのある人はあまりいないのではないか、と思う。
あまりに痛快な名著だ。何より、伊藤貴麿さんの訳が読みやすい。
三蔵法師の生い立ちは奇妙なもので、僧になり大唐から天竺(インド)へ経を求めに行く使命があらかじめ定まっていたかのようだ。
孫行者(孫悟空
...続きを読む)が石から生まれて様々な仙術を身に着けるまでの過程の部分はいささか長く退屈だが、三蔵の仲間に加わってからの物語のテンポが良く、まるで仙境を旅しているかのようで飽きずに読める。途中、人参果(赤子の形をした果物)をめぐってトラブルが発生したり、特別な泉の水を飲んで妊娠してしまったり、妖怪武器を奪われたり、毎回奇想天外の大事件と危機が起こり、孫行者が知恵を絞って乗り越える。
作者・呉承恩の想像力の深さに恐れ入る。今読んでも面白い作品だ。
四人と白馬の旅。四人というバランスは、冒険物語としてはちょうどよい感じがする。ドラゴンクエスト等のRPGも4人パーティーが基本になっているが、案外、この「4人パーティー」の元祖というのは、西遊記かも知れないと思わされる所がある。
三蔵は徳の高い上品な僧とはいえ、すぐにかっとなって孫行者と喧嘩になる。孫行者の言いつけを守らず、妖怪に捕まってしまい泣きながら孫行者に助けを求めたりと人間臭い一面があり、魅力的だ。
「え、あなた今、孫行者を破門にしたよね…? もう意見を覆すんだ…」というくらい、考えが変わるのが早い三蔵。まだまだ未熟と言えよう。
孫行者は主人公だけあって、色々な術を駆使し、太刀打ちできなければ、情報を集めて強い神仙に助けを求めに行く。頭の回転の速さと切り替えの速さが、読んでいてとても爽快だ。そして、短気でいたずら好きな孫行者が、旅の途中で成長していく姿も面白い。
猪悟能(猪八戒)は食いしん坊で、食べ物に目がなくあさましい。単純なので、すぐに孫行者に一杯食わされて敵陣に切り込んでいくが、憎めないキャラクターだ。白馬を引く沙悟浄は、一歩引いて兄弟子の孫行者と猪悟能を立てている。一番癖がない。
上・中・下巻、十四年の時を経て四人と白馬がようやく天竺にたどり着き、経を得て唐に戻るくだりは感動した。登山で大変な苦労を経た後、爽やかな風を浴びながら帰途へ着く感覚とも少し似ている。孫行者らと一緒に長い旅を終えて、心がふっと軽くなった、そんな爽快な作品だった。
心躍る冒険と、その後の爽快感を味わいたい方に、ぜひこの作品を勧めたいと思う。