作品一覧

  • 完訳 統治二論

    完訳 統治二論

    ビジネス・実用

    3.8
    1巻1,760円 (税込)
    イギリス社会が新興の中産階層の力で近代社会へと脱皮した時、その政治思想を代表したのがロック(1632-1704)であった。王権神授説を否定し、政治権力の起源を人びとの合意=社会契約によるとした本書『統治二論』は、アメリカ独立宣言の原理的核心となり、フランス革命にも影響を与えた。近年のテキスト考証に基づく、全篇の画期的新訳。
  • 知性の正しい導き方

    知性の正しい導き方

    ビジネス・実用

    3.5
    1巻1,397円 (税込)
    名誉革命後の混乱と喧噪のなかで、人間の自由と自主独立について徹底的に思考し、新たな論理学に基づいた知性のあり方を探究したロック。彼は、知性は誰にでも平等に備わっており、訓練や努力を重ねることで改善できるはずだ、と言う。近代の代表的思想家が伝授する、自分の頭で考えるための実践的メソッド。

ユーザーレビュー

  • 完訳 統治二論

    Posted by ブクログ

    課題読書なのでノートしながら読む。すごく体力をつかう。終わった時に感じる研究者って生き物のおぞましさ。ロックだぜ!
    読んでて頭に浮かぶのはヒトラーとか大東亜共栄圏とか日米安保とか憲法九条とか2次大戦が起源の出来事。これら市民政府論以後の統治問題に対して、市民政府論はどう解釈されるのか、されるべきなのか。(おそらくこれらはゼミ合宿での議論になる。)
    また、統治と言えば今我が国は人民信託が移行し、与党民主党の誕生を迎えた。世界混迷の今、慎重さと大胆さを兼ね備えた行政が求められることだろう。そんな時だからこそ、一度国造りの原点に立ち返ることには意味がある。慎重さと大胆さの両立を可能にするのは「ブレない(もはや流行語大賞か)」芯だ。そうすることで、我が国の政治には骨格的な思想が欠けているとの批判に答えることもできよう。
    鳩山次期首相の『友愛』(国家の芯)は果たしてどのような意味を持つことになるのだろうか。市民の信託に答えてくれることを祈るばかりである。

    新聞読みすぎ

    たまに挑発的な文章が出てくるので笑える。小林よしのりとかはおそらくロックの論証方法に影響を受けたんではないかと思う。

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    2009年10月04日
  • 完訳 統治二論

    Posted by ブクログ

    自然状態は平和であるが、たまに徳のない人間がいるため、人々がお互いの安全のために結び付き、国家を作る。その後、統治する者と統治される者の関係を決める。統治する者は人民の福祉を促進することを約束し、統治される者は服従を約束する。統治する者(主権者)は絶対ではなく、法によって拘束される。ザムエル・プーフェンドルフPufendorf『自然法と万民法』1672 (85)

    神はアダムに一切の事物を支配する権限を与えた。アダムの権限はその子孫である各国の君主に代々受け継がれてきた。だから人間は生まれつき自由ではなく、人間はアダムの子孫である国王に服従すべきである。王はアダムに与えられた現世の支配権を継承しているため、王の権力は絶対である。君主政によってのみ、最良の秩序・最大の力・最高の安定・最も平明な統治が行われる。ロバート・フィルマーFilmer『パトリアーカ』1680 (93)

    ※名誉革命(1688)。権利章典で王権は制限されうると規定。絶対王政が改めて否定される。

    自然状態は完全に無秩序ではなく、人間として守るべき最低限のルール(自然法)がある。他人の生命や財産を侵害してはならない。また富は労働で無限に増やすことができるため、パイの奪い合いにはならない。人間はせっせと働き、富を増やして平和に暮らすことができる。ただ一部の怠け者が働かずに、他人の財産を奪う。争いを仲裁する権力・奪われた者を救済する権力が必要。より確かな平和を得るため、国家を作ることになった▼人間として守るべき最低限のルール(自然法)は神により与えられる。人間はこれに従うことを義務付けられる。神の存在を否定する者はこの最低限のルールを否定する者であるから、国家はこれに介入できる▼人民が契約によって国を作ったが、それは権力を王に預けただけ。王は人民を守るために存在している。人民の同意なしに私有財産に課税できない▼人民を守るために国家を作ったのだから、国家が人民を守らない場合は武器をとって抵抗または打倒してもよい。人間はこの世界を良くしていく義務と権利がある。政府の解体で権力が再び政治社会の多数者に戻る。自然状態に戻るわけではない。ただ、革命はあくまで最後の手段。革命権があると、国家の側も横暴を控える。ジョン・ロックLocke『統治二論』1689 (96)
    ▪️人は労働によって、それを自らの所有物とする。たとえば土地であれば、人が耕し、植え、改良し、開墾し、その産物を利用できるだけの土地が彼の所有する土地。

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    2025年04月26日
  • 完訳 統治二論

    Posted by ブクログ

    前半がまるまるフィルマーの王権神授説を批判することにあてられています。明らかに論理的に破綻しているフィルマーの説を論破するわけですが、彼の根本の前提を否定してはい終わり、というわけにはいかないらしく、仮にそれが正しかったとしたら、と仮定を置いてその後の議論も全て論駁していくというスタイルです。とても長くて読みにくかったです。そうでもして徹底的に批判しておかないといけないほど、一般的にフィルマーの説が信じられていたということなのかもしれません。

    後半はいよいよロックの社会契約説が展開され、面白くなります。論の展開は明確でわかりやすく、現代の視点で読んでもおおむね納得できる気がします。

    ホッブズとは違い人間が基本的には理性によって自然法を守る、という性善説よりの前提に立っていて共感できました。ただ、自然法の根拠がキリスト教の神にあるとするところが個人的に腑には落ちませんが。

    所有権の根拠を労働力の付加においているところが面白いです。もしロックが現代のようにほぼ全ての土地に労働が投下され、所有権があるような状況でどう言うのかが興味あります。

    終盤、統治が必要な理由の説明にあたって急に性悪説よりの論調に切り替わるところに多少違和感があった一方で、罪人も必要以上に罰せず実害がない限り保全するべきだという考えがあまりに現代的で驚きました。

    日本人に生まれて以来漫然と今の統治体制を受け入れてきていましたが、その法律や制度にどんな意味があるのか、改めて考えさせられるきっかけになりました。

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    2022年11月19日
  • 知性の正しい導き方

    Posted by ブクログ

    心の揺れ(思考の、誤った方向せい)を正しい知性で整えようとする試み。

    正しい知性、命題の「前提」の確かさを確かめるため数学的推論を使う。

    観念同士の相互関係の検討、捨象と整列順序。

    心の訓練では少しずつ進めていくこと。

    知性と言っても勉強の話だけではなかった。
    その手の話が苦手な人が読んでも役に立つ本だと思った。専門用語が少なく、うんざりするギリシア人の名前も殆どといっていいほど出ない。

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    2021年11月29日
  • 完訳 統治二論

    Posted by ブクログ

    アメリカ独立宣言の理論的基礎となったとされる本書(1690)については、同じ岩波文庫で『市民政府論』としてかなり若い頃に読んだのだが、これは原著の後編に当たる。
    ということで、前編を読んだのは初めてだが、ロバート・フィルマーとかいう人の、王権神授説の流れを汲む著作に対する執拗な批判がもっぱら展開される。フィルマーの『パトリアーカ』はもちろん読んだことないが、本書を読む限り、かなり恣意的に聖書を曲解し、父権と王権を同一線上に置くなどと言うヤワなことが書いてあるらしい。ロックの批判はじゅうぶんに論理的である上に、ところどころユーモアさえ交えて、面白い。
    さて後編はロック自身による統治論が展開される。これは「社会契約説」の嚆矢となったものなのだろうか。彼は、なんびとも政治統治体と「合意」によって結合するのだと説く。
    人は生まれついての「自然状態」の自由をむざむざ放棄して、権力的統治のもとに入るわけだから、そこには「同意」がなければならない。
    生まれついた統治体が不服であれば、これに同意せず、別の統治体を探すか、もしくは自ら新たな統治体を作れば良い(そう簡単に言うけれども、現代においてはそれはかなり難しい)。
    そのかわり、統治体の権力は、共同体の成員の「合意」(それは多数決により決まる)に沿って行使されなければならない。従ってロックは絶対王制のような体制を否定している。それは合意に基づかない、単に暴力的な、服従の強制である。
    統治体が構成される目的は、諸個人の固有権(プロパティ)の保全にある。権力(政府)側がこれを逸脱することは許されない。もし本来の目的を離れて権力が人々を強制するならば、住民は「抵抗」することが許される。この辺は、事実上主権在民の原理を示しており、ロックはそうと明言はしないものの、民主主義の基礎となるような考え方である。
    ロックはまた、立法府を最高権力としながら、行政府との分立を提言している。当時としてはかなり先進的な考え方と言えるだろう。
    ただし難点は、「多数決」がすべてを決めてしまい、それに全員が服従しなければならないため、マイノリティの立場がこれだけでは保障されない点である。
    さらに、たとえば一国が他国に侵略戦争をしかけたとき、敗者の国民は「抵抗しなかった場合は」服従を強制されないが、抵抗し、「交戦状態」となった上で敗北した場合は、略奪されて良い、という、なんともドライな、西洋植民地主義のエゴのような考え方も示している。
    さてこのような契約説の「同意」なるものは果たして本当に存在するのだろうか? 若い頃これを読んだときと同様の疑問が残る。だがたぶんそれは、「権利」という用語と同様、自然界に実在するわけではないが、理論体系構築のためにあえて定義された概念なのだろう。
    それでも疑問が残るのは、現代の複雑きわまりない多義的な社会にあって、「国家」の意向にそうそう「同意」などできはしないということだ。
    さて、ルソーの契約説はロックと対比してどのような様態を示すのか。次はルソーに取りかかる。

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    2015年09月21日

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