あまりの情報量の嵐に「すっご……!」って唸らされる。これが一昔前の厨二病作品みたいにオリジナル用語を山と盛った作品であれば嫌厭してしまうかも知れないけれど、作中で登場する用語の殆どは平安時代にルーツが見られるような、いわば何処かで聞いた覚えのある言葉を用いて作品世界観を構成している
だから作中で使用される用語も「意味が判らん」ってなる事は殆無くて、有ったとしても自分の教養が低いから判らないのだと納得できる。いわば良い意味で受け付け易い難解な用語で氾濫している作品と言える
また、用語だけでなくそもそもの世界観も凄まじいね
作者が後書きで述べているように本作は平安時代✕サイバー✕霊術✕怪獣✕軌道エレベーターと要素まで氾濫を起こしている
ただ、一つ一つはそこまで突飛な要素ではないし、平安時代なんて日本人には慣れ親しんだ時代かもしれないし。また、作中においても用語や世界観説明はしつつ、かといって説明を過度に行わず話の進行を優先している。そりゃ、こんな作品で何もかもを説明していたら、説明だけで本作の半分程度が費やされそうだし
そのくらい本作の世界観は濃密。ぶっちゃけストーリーよりも世界観を先に制作したのではないかと勘繰ってしまうくらい
そうして単語や世界観の氾濫に眼を回していた処でぶつかるのは更なる氾濫要素、踏破儀式だね
いや、高度3万5800キロメートルもある塔を昇る儀式って何よ…って驚かされる。おまけに先代がどれだけ高所まで昇ろうと当代は第一階から踏破を行うとか本当に何……。幾ら開城や解析は引き継げるとはいえ、本当にたった一人の人間が35万8千階を踏破できるものなの…?ってなるよ…
ただ、そうした絶望的な儀式に挑まなければならない時代、踏破の為に国力を費やさねばならない状況、一般人には理解の及ばぬ踏破と破竜。そりゃ臣民の中に不公平感を抱き、朝廷へ反旗を翻す者が絶えないというのは納得できてしまう話
そうした土台の下で紡がれる本作は英雄的に七堕や反逆者と闘う物語でありつつ、同時に体制側から描かれる物語にも思えたな
天茜と碧橙はペアで踏破や破竜儀式に挑む高位の存在。また、尊き身分のお姫様にもタメ口で話しかけられるなど一般臣民とはあまりにかけ離れた存在。そうした立場である為かこのような設定が氾濫した世界の状況について詳しい情報を持っている。他方で皇京に住まわぬ者達の暮らしには疎いようで
二人と行動を共にする祭花は低い身分である為に儀式の詳細を知らなかったり状況の複雑さにも目を回す事がある。けれど臣民達の暮らしを理解している、こうした物語に必須の質問役と言えるね
その意味で両者の交流は互いの世界を知らぬ者同士の交流と言える。天茜達が知らぬ事を祭花は知っていて教えてくれたりして、祭花が知らぬ事を天茜達は教えてくれたりする
それは一種の異文化交流であり、その中で天茜と祭花が惹かれ合う様なんて身分差恋愛の雰囲気すらある
但し、両者共に体制に仕え体制を維持する側であるという点は変わらないんだよね。天茜は貴き身分から祭花を前にして不満を覚える臣民に理解を示す。けれど祭花は「わからなくていい」と切って捨てた。彼女よりも低い立場から世界に嘆きを覚え反抗する者を理解する必要はないと捨てた
だからか、儀式の意味もいつ終わるかも判らない世界に対して反抗する様が描かれるのは体制には関われない知識階級となるのだろうね
直剣は祭花と同じく一咲でありながら、祭花とは全く異なる悲劇を見て、祭花が見た悲劇は見て見ぬふりをした者
そうした都合の良い賢しさは往々にして体制側が示す正しさを疑う賢さでもある為に体制に迎合しない、結果的に体制には向かう刃となる
ここで本作の隠れた特徴となるのは、直剣の叛逆が始まるまでに読者は体制側の英雄として活躍する天茜や碧橙の理路整然とした正しさを見せられ魅せられている点か。同時に彼らに賛同する一咲・祭花の姿を見ている。また、彼らの敵として登場する堕竜講がどれだけ視野が狭くて愚かで自分勝手かを見ている。彼らの目論見が潰される事こそ当然だという展開に同調していく
おまけにクライマックス近くでは天茜が過去のトラウマを踏まえた上でボロボロになっても七堕を倒そうとし、いざピンチの場面で碧橙と祭花が格好良く助けに来るシーンが気持ちよく描かれている
英雄物語としてあまりに美しい
だから体制側である天茜達の成し遂げようとする偉業を応援するように、当然の行為であるようにいつの間にか感じてしまう作品となっていたわけだ
それだけにラストのあの言及は本当に驚かされましたよ…。いや、細かく読めば所々に違和感を覚えたり、これまでの認識と少し異なるような記述とか、あまりに支配的な朝廷の姿とか見ている筈なのだけど、それ以上に天茜達こそあるべき英雄の姿と思い込まされていただけに、全くの予想外と思えてしまうんだよね……
この先に待つのは誰が為の踏破儀式か?そして異なる立場の天茜と祭花が判り合う日は在り得るのか?
本作がどのような道筋を辿っていくのか、そもそも何が正しいのか全く予想が付かないだけに先を知る事に恐ろしさすらある物語に思えましたよ…
あと、少しだけ同作者の『エイティシックス』と繋がりを感じられる表現があったのは嬉しいサービスに思えたり
あれが直接に『エイティシックス』へと至るとは思えないけど、あちらにて意味の判らん存在だった「原生海獣」とかの正体が判る何かがあれば更に嬉しいなと思ってしまうね