昭和時代、自閉症に理解がまだなかった時代だということが大きいのかもしれないが、それにしても壮絶な虐待行為に気分が重くなる。
しかし、情報もなく本人ですら自分の中で起こっていることを説明できない状況では先生や親も対応に困ることはあっただろう。
大声で喚いたり、(本人には理由があったとしても)人に暴力を
...続きを読む振るったりする子供は問題視されるのは当然と言えば当然だ。
現在、「なんでもかんでも病名を付ければ良いってもんじゃない」という程様々な症状に病名が付いていると感じることがある。しかし、他者にその症状を分かりやすく理解してもらうことが重要な自閉症などに関しては、カテゴライズして名前を付けるということは意味のあることだと思った。
顔に靄がかかり、表情が読み取れない・知覚異常・抽象的な言い回しでは伝わらないといったことは私には想像することすらできない。
また、小学校での教師の存在の大きさに驚かされた。
「スズモト」という最悪な先生に対して「堀田先生・桜田先生」といった素晴らしい先生たちがこの本には登場するが、対比されることにより、子どもたちにとっての教師の存在の大きさが余計際立つ。教師によって、クラスの雰囲気がこれほどまでに違ってくるのか。
堀田先生の子どもを理解しようと努力すること、桜田先生の自主性の尊重。
障害がある・なしに関わらず、きっとこのようなことを大切にしてくれる教師のクラスはとても良い環境になるのだと思う。