不謹慎かもしれませんが、結構面白かったです。
文章の構成や言葉の選び方が的確で、非常に読みやすかった。
市橋容疑者はきっと頭の切れる人物なのだと思います。
そうでなければ、この情報社会の中で2年7ヶ月も逃亡できるわけがない。本文中も割と自分自身を客観的に見ているし、警察の行動にも想像力が働くから、
...続きを読むなかなか見つからない。
さて、この本に何を期待するかで読後感は変わってくると思います。
反省文を期待する人にとっては、絶対的に物足りないはず。時々、リンゼイさんに対する思いを吐露する場面が出てきますが、それも心からの反省という風には感じられませんでした。そもそも、反省していればとっくに自首していた訳で、その選択肢は市橋容疑者にはなかったのですから、反省文になりようがありません。
私は特に何も期待していない状態でこの本を開いたので、純粋にサバイバル本として、(改めて不謹慎だとは思いますが)面白かったです。国内にまだまだ、こんなにも身元がバレずに働ける場所があることや、離島で野草を食べて生きていたなんて、男子の冒険心をくすぐるところがありました。
青年がアイデンティティを求めて彷徨い歩くという意味では、ジョン・クラカワーの【イントゥ・ザ・ワイルド】に似ていると思いました。【イントゥ・ザ・ワイルド】の主人公クリスは「幸せは、分かち合えた時に現実となる」と理解しますが、時すでに遅く、餓死してしまう。市橋容疑者はおわりに「感謝」という言葉を出しますが、それはクリスに近い心情だったのではないかと思います。
人目を避け、長期間漂流していた市橋容疑者。その間に人との会話は全くありません。あとがきで香山リカさんが言っていた通り、おそらく殺害事件を起こす前の市橋容疑者も周囲の人間と深く関われなかったのではないかと思います。それが、漂流生活の末に土木現場で働くことによって少しずつ変わっていく。心を開くとまではいかないけれど、独善的な態度が少しずつやわらいでいく様子が読み取れます。
結局のところ、市橋容疑者は人との関わり合いが下手だったのだと思います。もし、彼がこの事件を起こす前に、アルバイトをしていたり、一人旅をしていたら、このような結末にはならなかったのではないかと。人間関係が下手だった昔の自分を思い返し、市橋容疑者の抱える闇は自分が過去に少し持っていた部分だったのではないかと、この本を読んで感じました。