ロバート・B・ライシュの作品一覧
「ロバート・B・ライシュ」の「コモングッド―暴走する資本主義社会で倫理を語る」「最後の資本主義」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「ロバート・B・ライシュ」の「コモングッド―暴走する資本主義社会で倫理を語る」「最後の資本主義」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
ビジネス・実用
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Posted by ブクログ
原著は2018年発行。ごくまっとうなことを述べていると思うが、世の中はますます悪いほうに。まさかトランプがもう一度大統領になるとは思わなかっただろう。
「コモングッド(共益)」とは何世代にもわたって積み上げられた「信頼」の集合体である。
世の中のゲームのルールは「コモングッド」を尊重するものから、「何が何でも手段を選ばず勝ってやろう」に代わってしまった。
・「手段を選ばず」勝つ政治
・「手段を選ばず」利益を最大化する人々
・経済を不正操作するためなら「手段を選ばない」人々
【原題】THE COMMON GOOD
【目次】
第1部 「コモングッド」とは何か
第1章 シュクレリ
第2章 私たちはどんなコモングッドを共有しているのか
第3章 「コモングッド」の起源
第2部 「コモングッド」に何が起こったか
第4章 搾取
第5章 三つの構造的崩壊
第6章 「コモングッド」の衰退
第3部 コモングッドは取り戻せるか
第7章 受託者精神というリーダーシップ
第8章 名誉と恥
第9章 真実の復活
第10章 みんなのための市民教育
Posted by ブクログ
政治献金や天下りをエサに自分たちに有利なように市場のルールを変更する各業界の強欲さに呆れ返る
法律の成立を妨害し、法律を骨抜きにし、あるいは執行させないよう予算を削らせる
身勝手の極地だろう
歪んだ資本主義ではなく、資本主義を歪めたのだ
こんな市場を誰が信じるというのか
ビジネスマンとしても大統領としてもトランプがでてきたのは当然だと思えた
市場万能という神話は誰がルールを決め、ルールを執行しているかを見過ごさせるというのはもっともな指摘だ
富裕層は嫌がらせのためにこんなことをしているのではない。
ただただ自分のことしか考えていないだけなのだ
昔のように下位層で連帯し、歪められたルールを元に戻すことが必要だというのは賛成する
訳者あとがきで日本はむしろ超富裕層の程度が弱まっているとあったが、これは日本人が逸脱を許さないことと金に対してマイナスイメージがあるせいかもしれない。
Posted by ブクログ
本書はアメリカ社会について書かれているものではあるが、訳者の指摘する通り、日本にも当てはまるものだと思う。
かつて、市民の間で信頼の元、共有されていた「コモングッド(共益、公共善、良識)」といった価値観が、
「勝つためなら何でもあり」の政治と「大儲けするためなら手段を選ばない」経済により、蔑ろにされ衰退してきてしまった現代において、
「コモングッド」を取り戻すためにはどうすればいいのか、というのが本書のテーマである。
日々のニュースを見るだけでも、政治家や大企業にたいして、公益を重視する公正で良識ある存在だと思うのは、かなり難しい。
「どうせ悪いことしてるんでしょ」と冷笑しながら見る方がはるかに簡単な状態である。
でも、そんな社会嫌だなと、ちょっとでも思う人なら本書を読んでほしい。
政治や経営、報道に関わる人たちだけでなく、私たち1人1人が社会に対して責任ある存在なのだと思い出さないといけないと感じた。
Posted by ブクログ
ライシュ氏の本はすでに日本語版で何冊か出ていますが、2017年時点では本書が最新になります。原題はSaving Capitalism、つまり資本主義を救え、ということです。ライシュ氏の主張を一言で言えば、今の資本主義は大多数の人間のための仕組みではなく、少数の富める人間のためのシステムになってしまっているから、そのルールを修正することで資本主義を健全な形に戻そう、ということです。その意味では、訳者解説の中にもありましたが、本人は共産主義者でもアナーキストでもなく、資本主義礼賛者であって、今の「ゆがんだ」資本主義を「健全な」資本主義に戻す必要がある、というのが主眼になっています。
また彼の主張の中心にあるのが、特に米国を中心に起こっている「自由主義」(右)vs.「政府の介入」(左)という政府の介入度合いをベースにした対立はまやかしであって、資本主義のルールが「誰を利するようになっているか」という視点で対立軸を考えるべきという主張でしょう。「自由主義」(右)vs.「政府の介入」(左)という視点は、特に知識人の間では根強く、おそらくその根底には、ハイエクvs.ケインズの論争があります。それに対してライシュの視点は、むしろ資本家と労働者の対立にフォーカスをあてたマルクス色が強いと言えるのかもしれません。ただ厳密に言えば、ライシュ氏自身も本書で述べているように、現代の資本主義では「資本家になった経営者」と労働者の対立と言った方がよいとは思います(つまりストップオプションを大量に付与された経営者と従業員の対立)。
本書で説得力があると感じたのは、米国が過去にも同様の境地に陥った際に、民主主義が最後は機能して、多数のための資本主義、つまり資本主義が民主主義と折り合いをつけた事例をいくつか紹介していることです(19世紀のジャクソニアンの登場など)。それらを事例に挙げながら、ライシュ氏は米国の資本主義はまだ終わっていない、今は修正の時である、と力説されていてそこは希望が持てる点でした。その意味では邦題の「最後の資本主義」というのは少し誤ったニュアンスを読者に与える気がしました。このタイトルだけを見てしまうと、あたかもライシュ氏はアンチ資本主義者であって、資本主義の終焉は近いぞ!と歓喜の声を上げている論者かのような印象を与えてしまいます。ですから邦題は素直に「資本主義を救え」のようなものにした方が著者のメッセージが伝わるのではないでしょうか。
Posted by ブクログ
資本主義の根幹である自由主義は、所有権、独占、契約、破産、執行の5つで構成されているが、それらは富裕層、大手企業に利するようにルールが歪められており、中間層が没落しているというのが、本書の一貫した主張。
市場の失敗を抑制する手段として、公共事業の実施、財政政策、などの政府による介入があるが、政府自体も富裕層や大手企業など、自由市場から利益を享受しているグループと結託している。それ故に、政府も過度な自由主義を推進することになり、中間層・貧困層と富裕層との格差は拡大してしまう。
能力主義と自由主義が合わさることで、中間層・貧困層と富裕層の分断は一層進んでいる。多くの富を持つことが、価値であると考えられていることで、富を持たない人は、自身の能力不足・努力不足ゆえに、年収が低いのだと屈辱感を覚えてしまう。
マイケル・サンデルの「実力も運のうち」の主張と似ているが、本書は経済的な側面から過度な能力主義を批判している。