「災害ケースマネジメント」は、被災者一人ひとりに必要な支援を行うため、被災者に寄り添い、その個別の被災状況・生活状況などを把握し、それに合わせてさまざまな支援策を組み合わせた計画を立てて、連携して支援する仕組みのことである。
(引用)災害ケースマネジメント◎ガイドブック、著者:津久井進、発行所:合同
...続きを読む出版株式会社、2020年、6
いま、自治体の防災分野では、「災害ケースマネジメント」が注目されている。では、なぜ注目されているのか。それは、大規模災害が発生して、概ね1カ月ほど経過すると、行政支援が行き届かない被災者が浮き彫りになる。この要因として、発災直後から、次の復旧・復興へのフェーズに移行した際には、主として行政による施策がハード対策に置かれ、被災者に寄り添った支援が行き届かなくなることが考えられる。それ以外にも、被災者は、各支援制度の狭間に位置して支援が受けられなかったり、「生活再建」という行政から用意された多層的な支援メニューを理解することが被災者にとって困難であったりすることも要因として考えられる。
「災害関連死」という言葉がある。これは、災害の生活上の影響で亡くなる社会死のことである。せっかく震災で助かった尊い命が、その後の災害後の生活によって亡くなっていく。内閣府では、「災害関連死事例集」を公表している。この事例集によれば、災害関連死されたかたの年代別では、東日本大震災で約 87%。熊本地震で約 78%のかたが、70歳以上の高齢者となっている。また、災害関連死の区分別では、「避難生活の肉体的・精神的負担(被災のショック等によるものを含む)」、「電気、ガス、水道等の途絶による肉体的・精神的負担」による死亡が約7割にものぼる。また、2016年に発生した熊本地震では、医療機関の機能停止等による初期治療の遅れも目立った。
本書によれば、復興のプロセスで新たな苦難を背負った人々の二次被害を「復興による災害」という意味で「復興災害」と呼ぶ。いま、行政としては、この「復興災害」対策にも力点を置くことが求められるようになった。
その「復興災害」の解決策として注目されるのが、「災害ケースマネジメント」であろう。この災害ケースマネジメントの発祥は、アメリカである。アメリカの危機管理マネジメントについては、大にして学ぶべき点が多い。例えばFEMA(アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁)による災害対応マネジメント、いわゆるICSは、一元的な指揮統制と目標管理型の導入といった特徴があげられる。特に、目標管理型については、行政の縦割り組織も一因となり、我が国における危機管理対応で最も不得手とするところではないだろうか。このICSでは、標準化された業務に対して、発生した災害を情報分析し、その対応について目標を掲げて対処する。ここでは詳細に触れないが、アメリカの危機管理マネジメントは、今後我が国の災害対策において、大いに参考になるものばかりだ。
その先進的な災害対応をしているアメリカを例とし、我が国においても、災害ケースマネジメントが注目されつつある。この6月(2023年6月)には、国による自治体に向けた災害ケースマネジメントの研修会を開催した。ただ、それより先んじて、鳥取県や仙台市などでは、既に災害ケースマネジメントが取り入れられている。特に、鳥取県は、ホームページ上で災害ケースマネジメントの手引きを公開している。まさに、この手引き書は、鳥取県内の市町村のみならず、これから災害ケースマネジメントに取り組む自治体にも大いに参考になる。特に、手引きの市町村版は、〇〇課と書かれたところを自身の自治体の担当課名に変えていくだけだ。津久井氏による著書とあわせ、鳥取県の手引きを組み合わせると、災害ケースマネジメントをスタートさせるための格好の材料となる。
災害ケースマネジメントが求められる背景として、本書でも指摘しているが、私は次の2点あると思う。1点目は、役所による「申請主義」だ。被災者は、自分の家の片付け等があるにも関わらず、役所に行って罹災証明などの交付を受けるための申請しなければならない。つまり、普段、私たちがよく手にするスマートフォンでは、プッシュ型通知があり、ニュースの速報や届いたばかりのLINEなどがトップに表示される。しかし、役所は、申請主義のため、被災者が自分の該当する手続きを「漏れなく」探し出し、それぞれの窓口に出向いて申請を行わなければならない。高齢化が進む現在、役所の手続きが複雑すぎて鬱陶しがる人たちも多い。一方、役所では、高齢で役所まで行けないという方々の声を聞いても、「申請がなければだめだ」と判断する担当者がいることも事実だ。そのような状況下の中、被災者と行政や支援機関を「繋ぐ」役割を果たすことが、災害ケースマネジメントの求められる要因の一つであろう。
もう一つは、先にも述べたが、被災者に対して、行政支援の行き届かない人が発生するということだ。こちらも本書で指摘されているが、被災者再建支援法では、「半壊」や「一部損壊」の世帯には、支援金が全く支給されない。また、指定避難所が開設されている間しか行政支援が被災者に届かないという声もよく聞く。
大規模震災後における被災者の生活再建は、概ね震災発生から1カ月を超えてからになるケースがほとんどだ。災害関連死を防ぐためにも、中・長期的に多層的な課題を抱えた被災者に寄り添うためには、行政のみならず、福祉関係機関、弁護士、ファイナンシャルプランナー、工務店などが連携して、被災者の生活再建をしていく必要がある。それこそが、本ブログの冒頭に記した、災害ケースマネジメントが求められる所以である。
SDGsの理念である「誰一人取り残さない」というフレーズは、よく見かけるようになった。
このフレーズは、災害ケースマネジメントの導入によって、防災分野でも当てはめることができる。行政による防災施策は、ややもするとハード整備などに目が向けられがちだ。しかし、真の防災施策といえば、私は良好な避難所を整備したり、被災者に寄り添った支援をしたりする地道なものだと思う。
災害ケースマネジメントという施策に、派手さはない。しかし、私は、津久井進氏による書籍を拝読し、市民や県民、そして国民が求めている防災施策の今後の大きな柱として、災害ケースマネジメントは、これから我が国の防災施策の根幹を担っていくものだと感じた。