<歴史の陰に化学物質あり>
古来、数多くの事件が歴史を動かしてきた。事件の陰にはさまざまな要因がある。その中に、化学物質もあったのだ、というのが本書の視点。
これが抜群におもしろい。
取り上げられている物質は、スパイス・ビタミン・糖・繊維・爆薬・ゴム・染料・薬品・麻薬・塩等、幅広い。
特筆すべき
...続きを読むは、構造式がかなり数多く掲載されていて、分子の役割を考える上で非常にわかりやすいこと(亀の甲が嫌いだった方も、逃げないでー。テストはありません)。
例えば、グリコーゲンはグルコースが重合した貯蔵多糖であり、動物に利用されている分子だが、この分子には多くの枝分かれがある。このため、いざ栄養分が必要になった際、枝の先から多くのグルコースが遊離し、迅速な栄養補給が可能になる。こういう話は構造式を見て、分子の模式図を見れば一目瞭然。
細かいこぼれ話をちりばめて興味を惹きつつ、大航海を誘発したスパイス、魔女狩りの陰にあった薬草や毒草の成分、冷媒や絶縁体としてすばらしいと目されたが、後に思わぬ問題が表出した有機塩素化合物など、歴史の大きなうねりの中で少なからぬ役割を果たした化学物質について、全17章に渡って解説していく。
大航海時代、船乗りたちはビタミン不足から壊血病に苦しんだ。クックは船乗りたちの食事に新鮮な野菜や果物を取り入れて、航海を成功させた(二章:アスコルビン酸)。
オリーブは油の原料として非常に珍重されたが、根がまっすぐであり、表土を保持できないために土地が荒れ、古代ギリシャの衰退に一役買ったという。だが後に、石鹸の原料として人々の衛生状態を支えた(十四章:オレイン酸)。
アフリカ人の中には、マラリアに対抗するため変異ヘモグロビン(鎌形赤血球)を持つようになった人がいる。このためマラリアに強くなり、アメリカ先住民が倒れる中、アフリカ人が残ったという。これが奴隷貿易を支える一因になったのではないかという見方もできる(十七章:マラリアvs.人類)。
大学1・2年の方には特におもしろく読めると思うし、そうでなくても文系・理系どちらの人にもおすすめです~。
*原題は”Napoleon’s Buttons”。ナポレオンのロシア遠征が失敗したのは、軍服のボタンが低温に弱い錫だったため、という説がある。錫は低温で粉末化する。服を留めることができず、防寒の用をなさなかったというのだ。これには異論もあるようで、真偽のほどは定かでないが、なかなか興味深い。
これ、最近どこかで似たような話を読んだ気が。南極を目指したスコット隊の燃料タンクの金属が腐食(?)して燃料が漏れてしまっていた、というような話。これも錫だったのかなぁ・・・? 燃料漏れの話は、多分、科学雑誌のどれかで読んだと思うのだが、確認しようと思って探したけど行き当たらず。どなたかご存じでしたらご教示ください。