生殖器という分野は何故だか、基礎生物化学の世界でも研究の対象とはされにくく、まして一般向け科学啓蒙書でも触れられてこなかった領域だという。オランダの生化学研究者である著者は、その原因は第一次性徴を自然淘汰の結果としてある意味当然視したダーウィンの説にあるとしてこれに異議を申し立てる。彼によれば、異性
...続きを読むらしさの発現である第二次性徴のみならず、第一次性徴を体現する生殖器そのものが性淘汰、即ち異性の好みによる選別を受けているという。性淘汰は自然淘汰と異なり、例えば「より真新しいものは何か」といったアドホックな評価軸で相手を選別するため、ともすれば適者生存の前提となる「より適応したもの」とはかけ離れた方向に進化していく。これこそが自然界の生物の生殖器に呆れるほどの多様性をもたらしている原因だとするのだ。
この仮説が様々な生物が営む生殖行為を例に挙げながら解説されるのだが、とにかくこの実例が面白く、またよく調べたものだと思うほど細部にわたって記述されており生々しいことこの上ない。生殖器の解説がこれでもかと言わんばかりに羅列されるため満員電車の中で読むには細心の注意が必要だ。随所にニヤリとさせられる表現が散りばめられた(題材が題材だけに、か?)文章も魅力たっぷり。
この豊富な実例により、一見艶めかしくみえる様々な生き物の性の営みも、つまるところ精子と卵子の希少性のギャップを原因とする、雄と雌との戦略的なせめぎ合いだということが良く理解できる。なお、本書ではこのことを説明する理論について、「雌による隠れた選択(Cryptic female choice)」説と「性拮抗的共進化(Sexually antagonistic coevolution)」説を並置するが、僕には違いがよく理解できなかった。雌がイニシアチブを保持し続けるか、雄雌共に戦術を繰り出しあって終わりのない囚人のジレンマに入り込んでいくかの違いだろうか?まあ、著者によれば両者の違いは僅かだというから門外漢は気にしなくても良いのかも。