冒頭、夜間に一人、馬で家路を急ぐ主人公が、うっかりオオカミの群れに遭遇してしまうシーン。手に汗にぎるアクション映画のようなドラマティックかつ緊張感に満ちた場面に、読んでいる私はすっかり魅了されてしまった。
都会育ちの主人公は、乗っている馬が必死で警告を発しているのに気づかず、自ら危険な場所へ入り込ん
...続きを読むでしまう。震えあがる主人公と対照的に、乗っている馬もオオカミもまるで歴戦の兵士のように肝が据わっている。
野生動物もすごいが、草原の民たちもみんな魅力的。老人から子供まで、誰もが驚くほど身体能力が高く、草原のことを知り尽くしていてとにかくカッコいい。
彼らがオオカミたちと繰り広げる「生存を懸けた戦い」は、戦国時代の武将たちもビックリの完璧な布陣と老獪な知恵のぶつかり合い。
読んでいて、思わず「ほんとにこれ、相手は野生動物なの?」と言いたくなるような巧みな戦いぶりにただただ驚く。人間側の圧倒的勝利、なんてものは保証されておらず、完全敗北すらある。三国志も孫子の兵法もかすむほど狡知な戦略の数々。
主人公の兄貴分であるバトが馬を守るために孤軍奮闘した戦いは、文字を追うのももどかしいほど興奮した。映画化されたそうだが、このシーン、ぜひ映像で見てみたい。カットされていないといいけど。
主人公がどんどんオオカミと草原の暮らしに魅了されていくにつれ、私も物語にどんどん引き込まれていった。
やがて主人公は、智恵の塊のようなビリグ爺さんから、「大きな命」と「小さな命」について教えられる。
この「大きな命」と「小さな命」、それは今現在、各国首脳たちが非常に頭を悩ませ討議し、北欧の女子高生が抗議運動を起こして大きなうねりとなっている環境問題の核心をついている、と思う。非常にシンプルで、素朴な考え方だけに、本の中でも、「古い迷信」などと一蹴され、上層部たちから無視されている。古い迷信どころか、実際は問題を的確にとらえた論理的な考えなのだが。
「草原」というものが野生動物たちの多様性の実に危うい均衡の上に成立していることを草原の民は完全に理解していて、それだけに何も知らない人間が入植してくることに非常に危機感をつのらせているのだが、その思いは為政者には届かない。
アクション映画のようなハラハラドキドキを楽しみつつも、背後のこの重大な問題について、暗澹たる気持ちにならずにはいられなかった。
本には実にアッサリとした地図しか掲載されていないので、グーグルマップで物語の舞台となっているオロン草原などをチェックしていたのだが、衛星写真で見ると、耕地が広がっていることにドキリとする。
もともとは、文革時代の下放の実態について興味があってこの本を読むことにしたのだが、そういう歴史的なことよりも、野生動物の生き生きとした様子の数々に、本当に驚かされた。主人公であるオオカミだけでなく、牛や馬についても、知らない事実ばかり。
たとえば、近親交配を避けるための馬たちの戦いの様子などは、驚愕だった。
放牧の黄金律、とも言うべき、馬と羊とヤギのそれぞれの頭数の割合とか。
牡牛がいかに猛々しく強いか、とか。
もう夢中でページをめくった。
その勢いのまま、下巻へ行きます!
(主人公の物思いが冗長になりがちなのが欠点と言えば欠点・・・ということで、★ひとつマイナス)