1980年代半ばから2000年代まで高倉健をめぐって様々な取材活動をする。また、三浦綾子、白洲正子の取材もして、この本にその内容も書かれている。
30年間「山本周五郎の本、手に入らないか」と言われて、「健さんの図書係」を務めた谷充代の目線からその高倉健の生き様を描く。高倉健には「生き様」という言葉が似合う。
日本の男性俳優としては、聳り立つ俳優だ。日本人に生まれてよかったと高倉健であるが、日本の男はこうあるべきだという手本でもあった。厳しさの中の優しさ、寡黙さに秘めた熱情、どこまでも誠実で真摯、その上謙虚である。男の人間像を凝縮した男だった。
高倉健は「読んだ活字が芝居に出る」という。高倉健は本にこだわる俳優だった。
高倉健が愛読した本は、以下の本だった。私が読んでない本が多かった。読んだ本は『青春の門』『男のリズム』だけだ。三浦綾子の『母』は、小林多喜二の母親の物語と知って、早速買い求めた。
山本周五郎『樅ノ木は残った』『ちゃん』
檀一雄『火宅の人』
山口瞳『なんじゃもんじゃ』
三浦綾子『塩狩峠』『母』
五木寛之『青春の門 第一部筑豊篇』
森繁久彌『あの日あの夜 森繁交遊録』
池波正太郎『男のリズム』
白洲正子『夕顔』『かくれ里』
長尾三郎『生き仏になった落ちこぼれ 酒井雄哉大阿闍梨の二千日回峰行』
内田吐夢監督の『森と湖のまつり』1958年に高倉健が出演が決まった。クライマックスの高倉健が演じるアイヌの青年の怒りが爆発するシーンで、何度やってもOKが出なかった。高倉健が本気になって怒るまで何度もやり直しさせた。内田吐夢は高倉健に「時間があったら活字をよめ。活字を読まないと顔が成長しない。顔を見れば、そいつが活字を読んでいるかどうかわかる」といった。
この本の中には、高倉健の気に入った言葉が多く並べられている。
「火を放たれたら手で揉み消そう、 石を投げられたら軀で受けよう、 斬られたら傷の手当てをするだけ、どんな場合にもかれらの挑戦に応じてはならない、 ある限りの力で耐え忍び、耐えぬくのだ。」山本周五郎『樅ノ木は残った』
「身についた能の、高い低いはしようがねえ、 けれども、低かろうと、高かろうと、 精いっぱい力いっぱい、 ごまかしのない、噓いつわりのない仕事をする、 おらあ、それだけを守り本尊にしてやって来た」山本周五郎『ちゃん』
「島のあるところ雲あり。人のいる所呑み屋あり。男のいるところ女あり。女のいるところ涙あり」山口瞳『なんじゃもんじゃ』
「わだしは小説を書くことが、あんなにおっかないことだとは、思ってもみなかった。まさか小説を書いて殺されるなんて」(小林多喜二の母)三浦綾子『母』
高倉健は三浦綾子のことを聞いて
「人間って弱いからな。なかなか立ち直れない時があるよ。綾子さんの本の中にもいろいろな人間が出てきて、喘ぎながら乗り越えていく。それが俺に希望を与えてくれるんだよ」
「馬鹿も利口も生命はひとつ」五木寛之『青春の門』
「亭主が前で揚げてくれるのを、片端から息もつかず食べる。これでないと、天ぷらを食べたことにならないからだ。酒も、その間に一合飲めれば良いほうだろう。あげる方も全神経をこめ、火加減見ながら揚げている。口伝えで来る客だけを相手に商売しているのであって、亭主はもう、死ぬ覚悟で揚げている。こういう商売の仕方だと、いずれはやっていけなくなることを覚悟しているわけだ。」池波正太郎『男のリズム』
高倉健はいう
「お気に入りの店を持ち、店主の生き方に触れ、調理の手技を愉しむ。実に粋だなぁ」
「東京の街中で見ると、月も作り物の月みたいで、一向に感銘を受けないが、山の中ではいくら見ても見飽きない。そこには宇宙旅行の月とは関係もなく、西行法師や明恵上人が見たのと同じ月が住んでいるのである。」白洲正子『夕月』
「往く道は精進にして、忍びて終わり、悔いなし」酒井雄哉大阿闍梨
酒井雄哉大阿闍梨はいう
「僕が今いちばん好きなのはね。『1日1生』という言葉なんです。
今日の自分は今日で終わる。明日にはまた新しい自分に生まれ変わってね。昨日あった嫌なことも昨日でおしまい。しこりを残さない。恨みをひきづらない。一生懸命、今を大切にして、今をがんばった、その積み重ねの先に、なりたい自分がいるのと違うかな。」
藤沢周平の『蝉しぐれ』を読んで高倉健はいう
「何が美しいかということ、金ではない、力でもない、まして物でもない。人が人を想う、これ以上に美しいものはない。」
上記以外で、高倉健の求めで探した本や関心を持った本は、『杖道自戒』西岡常夫(著)、『さもなくば喪服を 闘牛士エル・コルドベスの肖像』ラリーコリンズら著、『モンタナジョーの伝説マフィアの大幹部になった日系人』村上早人(著)、『男としての人生 山本周五郎のヒーローたち』木村久邇典(著)、『居酒屋兆治』山口瞳(著)、『まっくら』森崎和江(著)、『地の底の笑い話』上野英信(著)、『花と龍』火野葦平(著)、『夢を吐く: 人間内田吐夢』太田浩児 (著)、『石井輝男映画魂』石井輝男(著)、『将軍と呼ばれた男 映画監督山下耕作』山下耕作ら(著)、『柳生武芸帖』五味祐介(著)。
私も本を読む時、たった1行の素晴らしい文章に出会ったときに、生きていてよかったなぁと想うことがある。そうやって、本を読み、この本はそのことが凝縮されている。