井上光晴の作品一覧
「井上光晴」の「明日 一九四五年八月八日・長崎」「階級」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「井上光晴」の「明日 一九四五年八月八日・長崎」「階級」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
『眼の皮膚』の主人公は、五歳の娘を持つ団地の主婦である。物語は、朝、自分の顔を鏡で点検することから始まる。湯気で鏡が曇り、手でこすり、さらにタオルで拭くという描写があり、「目のまわりの薄汚れた隈」に注目し、おもいをこらす。 団地の主婦の一日が描いてあるのだが、ふつふつと小さな物語の芽が湧き出ているが、それが大きく発展することはない。夫は浮気をしているようだが、主人公はさめている。緊張した文体で主人公のいらだった気分を緻密に描いている。
『象のいないサーカス』(別冊潮一九六八年夏季号)は、小学六年生の息子を持つ団地の主婦の心理の揺れを巧みに描いている。息子が汚してきた運動着のひざの部分が切れていることにケンカでもしたのだろうかと思いをはせる。息子が何も説明しないことにいら立ち、なぜもっと早く出さなかったのかときつく言う。今からでは乾かないと。
団地は海軍の弾薬庫跡地にできたという代物で、戦時中、女学生の時に学徒動員で工場で働いたことに思いをはせたりする。散歩がてらサーカス小屋に入ってみたが、気が晴れるどころか、猿の調教師のやり方にかえって不満を募らせる。その不満を紛らすために、「観音道」という道を進もうとしたところ、そこからは行けないとオートバイの男に声をかけられる。「乗って」ということばについ乗ってしまった。男に乳房を触られるというエロチックな場面がその前に突然出てきて、その経過が描かれるという構成だ。このあたりは紛れもなく井上光晴を感じたが、前半の冷めた心理は井上夫人をほうふつさせた。
主人公のいらだった気分と現実と非現実のはざまで揺れ動く心理が、浮遊状態の気分へと読者をいざなう。
私が今回一番感心させられたのは同じ文芸文庫に含まれていた。『海へ行く駅』だった。二人の幼児を連れて家族四人が海へ行く途中、乗換駅でのホームで、時間に
なってもなかなか来ない電車を待っているというありふれた設定で物語は進む。夫婦のやり取り、子どもとのやりとりから、この平凡と思われた家族像が、ひびや隙間、棘があることに読者は徐々に気づかせられていく。
例えば「彼女は良人の指が弄んでいる赤い皮紐のついた爪切りを憎々しい目で見た。いくら端に孔があいているからといって、意味もなく紐を通さなくてもいいだろうに、と思いながら。爪切りは五段つづきの小抽出しに入れることになっているので、紐など必要ないのだ。」といった些細なことから夫が支店長をしているレストランで問題になった出来事に連想が飛ぶといった具合だ。
こうした心理的交錯、すれ違いが、短い会話によって実に的確に表現されているのだ。そしてそれは、一皮むけばどの家族にも当てはまることではないか。普遍性へと広がっていくテーマ。常に読者の想像力を刺激する会話。短篇小説のお手本のような作品だ。初出「別冊潮」一九六八年秋季号。井上光晴四二歳の時の作である。
Posted by ブクログ
▼1988年の日本映画で「TOMMORROW 明日」という映画があります。黒木和雄さんが監督。桃井かおりさん主演。名作です。その頃、よく学校をさぼって映画を観に行っていて、かなり多くのマイナーな新作映画を見ていました。これもリアルタイムで見ました。
本当に素晴らしい映画で、黒木さんも桃井さんも歴史に残るならこの1本で残ると思います。ちなみにこの年のキネマ旬報さんのベストテンで2位でした。えっなんで1位じゃないの?・・・・と思ったら、1位が「となりのトトロ」。うむむむむ。個人的には1位2位が逆でも良いと思うのだけど。
今でもU-NEXTでは観れます。是非観てください。
▼その映画の、原作です。
1945年8月8日の、長崎の町の、名もなき複数の人々の物語です。
結婚式を挙げた夫婦。お産で産気づいた女性。売春宿に行く工員。知り合いにオムレツを食べさせたくて卵を探す料理人。恋人との恋愛に悩む看護婦。さまざまです。
それぞれの小さな、深刻な悩みや問題があって。それがみんな、
「明日こそは」 「明日には」 「明日になったら」
と、思いを馳せます。本当に、たれでも、ああ、そういうことはあるな、という心情なんです。
なんだけれど、これが全部、1945年8月8日の日中から、翌日8月9日の、まあ午前10時くらいかな、くらいまでの話なんですね。11時2分に、原爆が落ちます。その人々の頭の上に。
▼というそれだけの話なんですが、映画「TOMMORROW 明日」は、本当によくできていました。素晴らしかった。
え・・・・このひとたちが、みんな死んじゃう、一瞬で死んじゃった、ってこと?
それが原爆・・・・それが戦争ってことか・・・
これですね。胸を抉られるような、静かな映画でした。
その原作を読んでみよう、と。
結論、面白かったけれど、、、、、
「映画の方が面白かった!」
でした(笑)。
▼原作も要は同じ話だから、実に魅力あります。映画のエッセンスは全部ここにあります。なんだけれど、ちょっと、分かり辛かった(笑)。
登場人物が多いし、コロコロ変わるから(笑)。
それを小説的に分かりやすくはできてないなあ・・・・という。大変に井上光晴さんには畏れ多いですが。いや、ブンガク的ではあります。それはそれで味わい。
要は、それらが映画は大変に整理されていて、それに当然ながらビジュアルがつくから分かりやすいのです。
▼なんだけれど、楽しく読んだんです。
個人的な話で恐縮ですが、親が長崎県人で、祖母は被爆者手帳を持っていた人なので。この本の全編、徹底した取材を感じる長崎弁と、長崎の地理の執拗な書き込みは、なんだか嬉しくて楽しかったです。蛍茶屋が出てきて、大興奮。蛍茶屋、祖父の家がありました。なんて素敵な地名でしょう。
Posted by ブクログ
1945年8月9日11時2分、長崎市松山町上空に原子爆弾が投下されました。その前日、まさかそんなことが起こるとは思いもせずに暮らしていた人々の日常が、記されていました。
生活のなかで色々なことがあるのは今と変わらず、それぞれの事情を抱えつつも、人々の目は明日へと向いていました。
前日の月が、不気味なほど赤い月だったことが印象的でした。
人を愛し、人と関わるなかで、戦時中で閉塞感はあっても生きていくことを諦めている感じはしませんでした。
そんななかでこの人達が次の日には···。
その日が穏やかな朝だったことを思うと、なおさら胸がきゅっとしました。その未来を知った上でこの本を読むことは、なんとも言えない気持ちでした。特に最後の0章の終わりは、希望と穏やかさを感じるものなので、ざらっとした思いが消えませんでした。
明日は必ずあるわけではないのです。
今日を迎えられて、いつもどおりの暮らしが出来る幸せを、この読書で強く感じました。
改めて、原爆犠牲者の多くの方々のご冥福をお祈り申し上げます。
(この本は、長崎弁で会話が書かれているので、言葉がわかりにくく感じる人もいると思います。)