三角でもなく 四角でもなく 六角精児
吞み鉄とギター
著者:六角精児
発行:2025年7月10日
筑摩書房(ちくま文庫)
初出:
『週刊現代』 2011.9-2017.8 (同名タイトルで連載)
*書籍化=「三角でもなく 四角でもなく 六角精」(2012.12、講談社)、「少し金を貸してくれないか 続・三角でもなく 四角でもなく 六角精児」(2014.3、講談社)
上記より文章選定+文章2編
週刊現代で6年ほど連載していたエッセイに、幻冬舎文庫の西村賢太短編集に書いた解説、週刊現代の書評欄に書いた西村賢太論を加えて構成している。最後の書評は2022年筆だが、他は2010年代半ばが多い。著者が今日ほど有名ではなく、まだギャンブル(といってもパチンコや麻雀程度)にのめり込み、借金もあり、バンドとしてもほとんど知られていなかった時代に書かれたもの。俳優としては、舞台およびテレビドラマ(相棒)で活躍していたが、一般的には圧倒的に後者で知られていた時代。タモリ倶楽部に鉄道マニアとして出演を始めた時期でもある。
NHK-BSの「吞み鉄旅」がスタートしたのも10年ほど前だから、この頃からぼちぼちという感じだけど、今のような人気番組ではなかったはず。
その「吞み鉄旅」のテーマ曲に使われている「ディーゼル」が入っているアルバムは、自主制作で2000枚作られた。自費で1000枚の予定だったが、レーベル元の負担であと1000枚つくることになったという。ライブの手売りでコツコツと売っているが売れ行きが悪く、年に20枚程度。このままでは100年かかる、と嘆いている文章もあった。
吞み鉄旅を見ていると、午前中から蔵元を回り、ビールを飲みながら列車で移動、また別の蔵で何杯も飲んで・・・という具合に、非常に酒に強い印象を受ける。ところが、2011年に掲載された一編には意外なことが書かれている。
「日本酒は自分にとってヤバイ酒である。飲むと必ず記憶が飛ぶし、二日酔いが本当に酷い。だからいつもは絶対に注文しないし、勧められても断っている」
とのこと。
これについて、2025年に書かれたあとがきでは、巷で大酒飲みということになっているものの、番組でガンガン飲んではいるものの、あれは編集され、確実に時間の経過があるのだ、と説明している。自分はあくまでもごく標準的な酒好きであると言っている。
本文が340ページほどで、1編の長さが3ページきっかりのものがほとんど。単純計算で110編以上あるが、1編が短いのでだいぶ読んだ気になるものの、実はちっとも読み進んでいないエッセイ集でもあった。やはりこれは週刊誌で読み流し、書籍については暇つぶしで読むタイプの本だと感じた。
**********
(一般人が行ける)日本最南端の島である波照間島の特産泡盛「泡波(あわなみ)」は、基本的に島民が飲む量しか生産されないけれど人気があるため、定価約700円の小瓶が、隣の石垣島では6000円で売られている。東京だとその何倍にも跳ね上がる。現地で飲む泡波は格別だが、東京で飲んでもそんなに旨いと感じない。波照間島だとキレが冴え。味に深みを増す。気温か?湿度か?木の精か?(15.3.7、15.4.4)
ギリシャ国内をまわったが、さすがに古代から発展していた地域だけあって、本当にいろんな場所に遺跡が残っている。アテネのアクロポリス以外にも立派な古代建造物があちこちに点在、小規模だと住宅地の空き地が、突然、遺跡だったり、公園内のオブジェが遺跡だったり。とある田舎町の農家の敷地内に存在していた、柱の骨組みだけの建造物を眺めて「こんなところにも遺跡があるんだなぁ」と感心していたら、現地コーディネーターの女性があきれ顔で「あれは遺跡じゃなくて建てかけの家です」と。ギリシャでは家を建て始めて資金がなくなると、そこでいったん作業を中断する。また金が貯まれば再開し、貯まらなければそのまま放置。銀行から金は借りずに長年かけて少しずつ建てていくという。(15.7.11)
日本酒は自分にとってヤバイ酒である。飲むと必ず記憶が飛ぶし、二日酔いが本当に酷い。だからいつもは絶対に注文しないし、勧められても断っている。(11.10.8)
(著者バンドのような)マイナーバンドのライブは、基本、チケットはメンバーの手売りがメイン。毎月ライブをすると、徐々に来る客が減ってくる。著者もライブが近づくと出演案内ものを知人メールしたりしているが、その返信率はだんだん悪くなり、ついには着信拒否をする人も。(15.7.25-8.1)
2015年9月20日、相模原市で野外フェスでの演奏後、六角精児バンドのベース担当ゴロウちゃん(高橋悟朗)に異変が起きた。呂律が回らず、身体のバランスが維持できない。病院に運ばれる車内で右半身はほぼ動かなくなり。右手は冷たくなった。医師は脳出血と言う。手術はせずに点滴で処置。これからどうなるのか?と心配したが、脳内の腫れが引いて右半身は徐々に動きを取り戻し、歩き始め、メールを打ち出し、何を喋っているのか分かるように。やがてリハビリが必要なくなり、2ヶ月後には見た目は正常に。ベースも思うように弾けなかったが、かつての華麗なベースラインはなかったものの、その代わりにひとつひとつの音に魂を込めて必死にリズムを刻む別人のそれがあった。「ゴロウちゃん2」の誕生だ。(16.1.16-20)
著者には酔っ払ってギターなどの弦楽器を人にあげてしまう癖がある。数万円から20万円以上のものまで、ホイホイと。翌日、酔いが覚めてからじんわりと後悔する。忘れられないギターがある。20年近く前に、あるギャンブルで大勝ちし、何か物に残そうと思って買った「ギブソンLG-1」という中古のアコースティックギター(1960年代製)で、みんなに見せびらかしていた。宝物だった。
当時、訳者で食うに困っていたため雇われマスターをしていた飲み屋に、知人に連れられて一人の青年がやってきた。シンガーソングライターをめざしており、普段は街頭で歌っているという。素晴らしい歌声だった。一度、著者のライブにゲストで出演したもらったことがあり、お陰で良いライブなったが、まともに払うギャラもなく俺が出来ないので、宝物のギブソンを彼にあげた。
数年後、青年は大きく羽ばたき、彼の歌は世の中を席巻し、トップミュージシャンに。今年(2016)、音楽生活15周年となるアルバムがリリースされたが、その『森山直太朗 大傑作撰』の初回限定版には、DVDが付いており、『ラクダのラッパ』という曲の演奏では、かの「ギブソン」が使われていた。(16.11.15)