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ぽんきち さん
ぽんきち
レビュアー:
エボラの正体
エボラの正体
デビッド・クアメン、西原智昭(解説)
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高すぎる致死率が意味するもの
2014年の春から夏に掛けて、エボラ出血熱(エボラウイルス病)が大発生(アウトブレイク)し、世界中を不安に陥れた。日本でも複数の感染疑い例があり、結果的にはいずれも陰性だったものの、世界中がネットワークでつながれている現代は、遠いアフリカで起こっている怖ろしい病気と対岸の火事的に眺めていられる時代ではないことを再認識させる出来事となった。
本書はエボラ出血熱の原因ウイルスであるエボラウイルスに関して、これまでわかっていること、わかっていないことをコンパクトにまとめたものである。
著者は、2012年、いくつかの人獣共通感染症(ズーノーシス:zoonosis)に関する本(『スピルオーバー(Spillover)』)を上梓(未訳)しているが、本書はこのうち、エボラウイルスに関する項を抜き出し、加筆した上、昨年のアウトブレイクに関する資料も付け加えた形になっている。
日本語版の巻末には、アフリカで野生生物研究調査・生物多様性保全に従事している日本人の解説が付いている。
エボラはひとたび発症すると、ヒトにとっては非常に致死性の高いウイルスである。2014年3月に始まったアウトブレイクでは、8月までの致死率は、実に54%である(cf:国立感染症研究所:エボラ出血熱とは。先端医療が受けにくい地域での発生とはいえ、季節性インフルエンザの致死率が0.05%程度とされているのと比較すると驚異的に高い。
これが何を意味するかといえば、ヒトはエボラの通常状態での宿主(=保有宿主:reservoir host)ではあり得ない、ということだ。
ウイルスは単独では子孫すら残せない。自ら増殖する機構を持たないからだ。宿主の複製装置を使い、宿主のエネルギーを拝借して、宿主に「寄生」しなければ増えることはできない。ウイルスにとって、宿主を殺してしまうほどの強い毒性を持つことは、自らも増殖するチャンスを失うことを意味する。戦略としては、宿主を殺さず、共存していく道を取る方がウイルスにとっても得であるはずなのだ。
エボラがヒトをこれほどまでに殺してしまうということは、普段は別の生物を宿主としており、ヒトでの感染は「たまたま」であることを示している。ヒトでのアウトブレイクはある意味、エボラウイルスにとっても、「事故」であったとも言える。宿主が死んでしまえば、ウイルスにとってもデッドエンドなのだから。
スピルオーバー(溢出、漏出)とは、ウイルスが何らかの理由で通常の宿主から「あふれ出て」、別の宿主に移ることを指す。人獣共通感染症では、よく見られる現象である。
保有宿主は何なのか? それを探ることが、こうした疾患に取り組む重要な手がかりとなる。
本書では、エボラウイルスとヒトとの関わりを歴史的に振り返り、その謎に迫ろうとする人々の試みを手際よくまとめている。ウイルス自体の構造や発症機構よりは、これまでのアウトブレイクの例に重点が置かれ、ヒトへの漏出が、どこから、どのように起こったかに迫っていく。
タイトルが期待させるような「エボラの正体」が明らかになるわけではなく、朧気なぼんやりとした輪郭が浮かび上がってくるだけとも言えるが、まったく得体の知れない怪しいものが、ある程度でも見えてくることには意義がある。
これまでのところ、エボラの保有宿主は明確には特定されていない。
有力な候補の1つがコウモリである。研究者による調査により、エボラウイルスのRNAを所持していたり、あるいはエボラウイルスに対する抗体を持つコウモリは見つかってきている。しかし、感染力のあるエボラウイルスは、コウモリではいまだに発見されていない。
コウモリが興味深いのは、種が多く(哺乳動物全体の種の実に40%がコウモリだという)、食虫動物でもあり、授粉を行い、種を蒔き、生態系の中で、「媒介者」としての働きを担うからである。また、コウモリは群れる動物である。洞窟に高密度で生活する空間はるつぼのようなもので、ウイルスが飛び回るには理想的とも言える。コウモリは往々にして、サルや齧歯類、イノシシなどの他の野生動物同様、「ブッシュミート」として現地の人々に食用とされている。
エボラと同じフィロウイルス科とされているマールブルグウイルスの場合は、コウモリから複製能力のあるものが分離されている。
コウモリは唯一の宿主ではないかもしれないが、少なくとも、宿主の1つである可能性が高い。
姿の見えないウイルスによる疾患であることから、現地には、「悪霊の仕業」としたり、「呪術」であるとする人々もいる。また積極的に病院での治療を受けたがらない人も多い。西側からやってきた医療従事者はよくわからない言葉をしゃべり、中味がわからない注射を打つ。連れて行かれた家族は病院で死んでしまい、遺体すら返してもらえないとなれば、治療を拒否する人が出るのも無理からぬことかも知れない。
専門的過ぎる細かい話は出てこないので、予備知識がなくても読みやすい本である。研究者の人間的なエピソードもあり、実際にエボラを取り扱うとはどういうことか、イメージが沸きやすい。1994年の一大ベストセラー、『ホット・ゾーン』の功罪に関するくだりも妥当な評価で興味深い。
アウトブレイクが起こる一因として疑われるのが、森林伐採による環境の急変である。これまでヒトとの接触がなかった熱帯雨林の奥地が、伐採により露わになり、隠れていたウイルスが姿を現し、それがたまたまヒトにとっては毒性の高いものだった、という見方もできる。
ヒトから見れば、エボラウイルスは熱帯雨林に潜む、怖ろしい病原体である。
だが一方、エボラウイルスから見れば、ヒトは、呼びもしないのにやってきた闖入者であるのかもしれない。
治療薬の開発はもちろん望まれるが、エボラや未だ知られぬウイルスのさらなるアウトブレイクを抑えるには、環境の急激な変化や生態系の崩壊を招かない資源利用の方策を探っていく必要があるのだろう。