作品一覧

  • 偶然性・アイロニー・連帯 リベラル・ユートピアの可能性

    偶然性・アイロニー・連帯 リベラル・ユートピアの可能性

    ビジネス・実用

    4.8
    1巻5,280円 (税込)
    人間の連帯は,真理の哲学的な探求によって可能となるものではない.他者への残酷さに対する感性を想像力によって拡張することで達成されるべき,目標なのだ.20世紀後半を代表する哲学者が,ありうべき社会はいかに構想されるかという課題に,永遠なる自由の実現というリベラル・ユートピアの可能性を提示する.※この電子書籍は「固定レイアウト型」で作成されており,タブレットなど大きなディスプレイを備えた端末で読むことに適しています.また,文字だけを拡大すること,文字列のハイライト,検索,辞書の参照,引用などの機能は使用できません.

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  • 継続する植民地主義 ジェンダー/民族/人種/階級

    継続する植民地主義 ジェンダー/民族/人種/階級

    ビジネス・実用

    5.0
    1巻3,740円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 総力戦体制の戦後への連続と再編──。「動員」「分断」「ジェンダー」「民族」などの視角から、戦中から戦後までを貫く東アジアの植民地主義と総動員体制の変容を見定め、輻輳した「戦後」という時空間を解きほぐす。戦後責任に正面から応答する試み。

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  • 新装版 思考のフロンティア 正義

    新装版 思考のフロンティア

    ビジネス・実用

    -
    1巻1,870円 (税込)
    「正義」の名のもとで繰り広げられてきた数々の不正,ゆえにこそ正義を求める声はやむことがない.相互に依存し,呼応関係にある自己と他者との毀れやすい〈あいだ〉から浮かび上がる正義とは何か.自由主義の意味・経験の再検討を通して,「分かち合い」「分かり合い」としての正義,「翻訳としての正義」の可能性を探る. ※本書は「シリーズ 思考のフロンティア」として刊行された同名書目を,新装版として再刊したものです.本文は原則として初刊時のものを踏襲しています.

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  • マルクス いま、コミュニズムを生きるとは?

    マルクス いま、コミュニズムを生きるとは?

    ビジネス・実用

    3.6
    1巻990円 (税込)
    自己責任論を超える思想 いまこそマルクスを読み直せ! 私的所有という考えに仮借なき批判を加え、他者との分かち合いにもとづく政治体=コミュニズムを構想したマルクス。浅薄な自己責任論が強調される今こそ、そのポジティブなメッセージを汲み取るべきではないか? 個人主義を超える〈生の技法〉=コミュニズムの現代的可能性をさぐる。 [内容] はじめに 第一章 「私的所有」の感覚を疑う 第二章 〈労働者身体〉はいかにつくられるのか むすびに──「集合的身体」のほうへ マルクス小伝 読書案内 あとがき

ユーザーレビュー

  • 偶然性・アイロニー・連帯 リベラル・ユートピアの可能性

    Posted by ブクログ

    哲学について無学だったと思い知らされました。

    無学なりに理解できた範囲で、いくつか心に響く部分があったのだけど(「終極の語彙」が改訂されたと感じられたのだけど)、たぶん哲学の語彙が身についてないせいで、いちいち言葉に詰まって文章にならない(汗)。

    もう一回読んでみます。

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    2026年09月27日
  • 偶然性・アイロニー・連帯 リベラル・ユートピアの可能性

    Posted by ブクログ

    言葉の意味、人生の意味などについて考えていた時期があったが、文化や時代によって言葉のもつ意味は変わるし、明確に境界線を引けない曖昧語や誤解しやすい言葉もあることは理解していたけど、偶然性という表現でとらえることは初めて知った。そして、なるほどと納得できた。
    フロイトによる道徳主義とロマン主義の争点の終結という話で、両者を数ある適応形式の一つに過ぎないという考えが示されてスッキリした。
    ・個人の自発性や私的な完成に生きる人には、畏敬の念を示すが、未発達的と記述する
    ・その社会で普遍的に共有された責任を果たす、単に道徳的な人には、退屈するが、成熟した人と記述する
    では、道徳性をどう考えるかというと、共同体のメンバー、共通の言語の話し手としての私たち自身の声であると考えることができる場合にのみ維持できるものと考えるということだと理解した。そして道徳性を磨くのに、小説や演劇といった芸術が役立つと書かれていた。
    以前より、人が悲劇や悲惨な暴力描写などのある芸術を鑑賞するのはなぜか?と考えることがあり「ポジティブシンキングにならないために」という本を読んでいたのを思い出した。本書「偶然性・アイロニー・連帯」にあるように無意識的な人も意識している人もいるかもしれないが人々は道徳性を磨こうとして小説などで体験に触れているのかもしれない。

    後半の書物に関する批評は、先に取り上げられている書物を読んでみてから、また読むのが良さそう。

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    2026年09月16日
  • 偶然性・アイロニー・連帯 リベラル・ユートピアの可能性

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    ローティ→肩甲骨のおののき

    以下松岡正剛引用
    リチャード・ローティの両親は戦前の共産党員だった。両親はいっときトロツキー(130夜)の秘書を匿ったことがあった。少年ローティはそういう両親が誇らしかった。その両親の影響らしいのだが、ローティは12歳のころには、「人間としての大事なことは、社会的不正義との闘いに自分をささげることである」という仄かな確信をもつようになった。
     しかし他方では、12歳のローティはニュージャージー北西部の山に自生する野生の蘭の美しさにとても惹かれていた。その途方もなく官能的な美しさには「うしろめたさ」を感じるほどだった。
     では、「トロツキーと野生の蘭」をともに抱くにはどうしたらいいのか

    ◯戦後の学問そのものの方向性に根差した独創的思考
    言語はゲームに過ぎないことを喝破したリトゲンシュタイン、アプリオリなんてないことを証明したゲーデル、相対性理論のさらにその先科学は人間のものの見方のひとつに過ぎないことこそがその優位性であることに気付かせる物理学、文化人類学の存在論的転回…
    コスモスからカオスへ
    を体現する「偶然性」の思考の源流がリチャード•ローティ。

    現代美術作家のワイド・ガイトンもおそらくローティーのコンセントを作品化している。コンテンジェンシームーブメント。

    偶然性に身を委ねる、とは何かの実践こそがローティ以降の哲学的試行錯誤となっているし、あらゆる分野でローティ的価値観を垣間見る。マイケル・サンデルの「すべては運である」。

    近代が目指した「社会が良くなれば人は幸せになれる」リベラリズムの理想が崩壊した後に巻き起こるトランプ現象を予言したローティ。法を守りさえすれば道を踏み外さずに済むと考える人はただ快楽と暴力が政治を左右する21世紀にただ立ち尽くすことしかできない。

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    2025年07月27日
  • 偶然性・アイロニー・連帯 リベラル・ユートピアの可能性

    Posted by ブクログ

    リチャード・ローティ。
    本書を読み進める前の彼の印象は、近代以降の真理探究哲学を完全否定したアンチ哲学の哲学者、というか、会話をし続けることが哲学であるというスタンスでやりきったアメリカのおっちゃんというイメージでした。

    本書は、三部構成で、タイトルにあるように「偶然性」について、「アイロニー」について、「連帯」についてのパートで書かれていますが、正直なところ第一部「偶然性」から読み進めてサッパリなところも多く、納得したとしても、いざメモを取ろうとして、はて何と書き残せばいいやらとなってしまいました。

    さいわい併読した、『100分de名著「偶然性・アイロニー・連帯」』(朱喜哲さん)のお陰で本書の全体像とローティ哲学のエッセンスをくみ取ることはできました。

    ローティは、「リベラル・アイロニストのあり方」を本書で提示してみせたのですが、対比させている「形而上学者」や「真理」や「コモン・センス」については、とっても鋭く批判しているように感じました。

    それぞれにあたる哲学者への痛烈な批評もすごいのですが、取り上げている著述家がフロイトやハイデガー、プルーストやニーチェ、デリダ、ナボコフ、オーウェルといったメンツで、後半につれて文芸批評に斬り込んでいくところ、非常に面白かったです。

    個人的には、ナボコフ論での「カスビームの床屋」の提言がグッと来ました。われわれは感情教育で被害者に共感することは学んでいますが、残酷さに無自覚であるという点において、加害者もまたわれわれと同類であることを気づかせてくれる挿話です。

    ローティもいうように、「われわれ」を拡張していくことによって、会話を守り、連帯を生んでいくことが、いまの分断された世界や危険なポピュリズムに陥ることを防ぐ術であると納得しました。


    たまたま、朱喜哲さんを『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』(さくら舎)で知っていたため、私の中で、「ネガティヴ・ケイパビリティ ー 朱喜哲 ー ローティ」とつながって思い読んでみた哲学者でしたが、予想通りの難しさと、魅力的な語りのローティに引き込まれる読書体験でした。


    本書とは違いますが、朱喜哲さんによると、ローティの「バザールとクラブ」の比喩が、(「世界と世間」みたいにみえるかもしれませんが、)本書のテーマの一つである「公私について」の重要なたとえとなっているそうなので調べていこうと思っています。

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    2025年05月04日
  • 偶然性・アイロニー・連帯 リベラル・ユートピアの可能性

    Posted by ブクログ

    我々の価値観や人間性の定義などの絶対的であると案じられるものは、歴史の中の「偶然性」によって獲得された相対的なものである。リベラリストは 自らのアイデンティティの基底を為す終極の語彙に関して常に疑いの眼差しを向ける「アイロニスト」であるべきである。我々の「連帯」を為す唯一の根源は「残酷さを減らすこと」であり、その内部には哲学が探究してきた真の価値などはなく、我々の範囲を拡大するために外部に積み上げてゆくものである。哲学の概念自体を大きく転換させる21世紀にも読まれづけてゆくべき名著。

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    2024年11月09日

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