作品一覧

  • 簿記がわかってしまう魔法の書

    簿記がわかってしまう魔法の書

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,430円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 これから簿記を学習しようとする人から、他の入門書で挫折した人まで、誰でもスラスラ読める「簿記の絵本」です! 時は中世、1450年代の中頃。貧しいけれど働き者の少年、ルカ・パチョーリ(のちに「近代会計の父」とよばれる人物)の前に、ある日、魔法使いがあらわれます。 ルカは魔法使いから「魔法の豆」をもらって、その豆の使い方、豆を増やす方法、増えた豆(儲け)を計算する方法を教えてもらいながら、知識ゼロから簿記を習得していきます。 簿記は、借方・貸方、資産・負債・資本・収益・費用といった用語、仕訳や勘定記入の手順など、覚えることが多いうえに、しくみが巧妙なせいか、頭が混乱してしまう人が多いと思います。 そこで本書では、「簿記の5要素」など、誰もがつまずく基本原理の「なぜ」「どうして」に、ていねいに答えていきます。しかも、イラスト図解、誰でもピンとくる「たとえ話」を交えて、やさしく説明。まるで魔法をかけられたかのように、「簿記のしくみ」がストンと理解できます! また、損益計算書や貸借対照表に比べると影が薄い「試算表」ですが、じつは試算表には簿記の基本原理の多くが潜んでいます。試算表を正しく理解すれば、簿記のしくみがみるみるわかるようになるのです。 この試算表を説明の中心にしている点も、本書の特徴の1つです。
  • 愛することからはじめよう : 小林提樹と島田療育園の歩み

    愛することからはじめよう : 小林提樹と島田療育園の歩み

    ビジネス・実用

    5.0
    1巻1,760円 (税込)
    私財を投げ出し、社会から見捨てられていた重度の障害児の療育に奔走した、初代園長小林提樹と職員、家族たちの困難な道程を描く。

    試し読み

    フォロー

ユーザーレビュー

  • 簿記がわかってしまう魔法の書

    Posted by ブクログ

    イントロとしてはかなり分かりやすく、素朴な疑問にも的確に解説されているため、初学者向けにちょうどよい。

    0
    2024年02月17日
  • 簿記がわかってしまう魔法の書

    Posted by ブクログ

    1042。2023年05月30日火曜日。
    ・簿記の原理について、特に試算表等式の観点から概念的な説明をおこなった入門書。
    ・実務的な区分についても、本書では辞書的な説明があるが、それらの細かい区分は却って根本的な概念区分(資産・負債・資本・収益・費用)を覆い隠してしまうことは明白だ。まず根本的な5要素とそれらの関係を押さえ、後は枝葉末節であると割り切るとわかりやすい。別の言い方をすれば、考えて理解すべきところと単に憶えるべきところを切り分けてくれる。
    ・いわゆる丁字勘定はなぜ科目名が左右逆なのかわからなかったが、重要なのはタイトルと金額であって、それ以外の相手科目名などは補足情報に過ぎないと割り切った説明をしてくれたのでスッキリした。
    ・本書の記述から、所有=自己資本とは無期限無利子無配当の「負債」であることが見て取れる。複式簿記とは所有の原因としての負債をシステマチックに管理するテクニックである。

    0
    2023年05月30日
  • 簿記がわかってしまう魔法の書

    Posted by ブクログ

    ・1つの金額に見えても、見方を変えるとそのお金が2つの役割を果たすことに気づけた!

    ・おとぎばなし風で分かりやすい
    ・余白や絵が見やすい
    ・取引の基礎が分かる

    0
    2020年06月27日
  • 愛することからはじめよう : 小林提樹と島田療育園の歩み

    Posted by ブクログ

    重症心身障害者のための民間施設「島田療育園」の設立に尽力した小林提樹。
    これだけ子どもたちとその親に寄り添い、目線に立って、熱い想いをもって仕事をした人間に尊敬の念を持たずにはいられない。

    学生時、結核を患い命を取り留めた経験や結婚後に生まれた子どもを生後すぐに亡くした経験から、小児科医として障害児との関わりを深めた。
    戦後、日赤産院で働き始めた小林は、捨て子が増える中、産院に子どもを集め育て始める。食料確保が困難だった経験から、以下のことを学んだ。
    「子どもを育てるのには、まず育てるものの方が空腹であってはならない。子どもを育てるのはもちろんであるが、裏方である職員の生活が十分保障されなければならない。一方の犠牲の上に成り立つ体制は、長くは続かないのである」
    また月に2回、当事者たちが集まり、当事者間のつながりや障害児(者)理解を促す「両親の集い」を始める。「両親の集い」の中に書かれていた文章には以下のようにある。
    「人は言うかもしれない。動作を見ていると「ハガユイ」と、そうかもしれないが、子供にしてみれば、精一杯に動いているのです。また、この子供ら程自分の力を、能力を、充分表現できる子供も少ないのではないだろうか。自分の思っていることがとりもなおさず行動に表現されるのです。だからこの子供らはそれぞれの体質に応じて、あるがままに育てることが必要なのです。(略)子供の中から、できそうなことを引き出すようにしてやる(略)子供よりも低い所にいて、子供に教えられて糧にするのです。子どもから受ける愛、これを感じるだけでなく、応ぜられる人がどれだけいるだろうか。」
    その後は日赤産院の小児科部長を辞め、島田療育園設立のために各関係者に陳情と請願を精力的に行った。

     資金、人材が慢性的に不足する中で困難の連続ではあったが、その都度様々な協力者の支えもあり島田療育園を設立、運営をしていく。そうして重症心身障害児のことが少しずつ知られるようになっていった。
    TBSラジオ局が特集密着取材を行うが、その中での厚生省、児童局長の談より。
    「口を閉じることも自由です。目を開けることも自由です。この幼く、新しい人間の、新しい道を切り開く鍵は、私たち人間の手に、しかも自由に与えられているのです。人間が人間である限り、私たちはこの新しい命をあたたかく、じっと見つめなければならない。」

    昭和40年代から療育園職員が中心となり子供たちの作品展を行う。その作品集の中で小林はメッセージを寄せる。
    「この不運な星の下に生まれた子どもたちにも、わずかではあるが要求があり、風にそよぐ木の葉にも似た感情もあり、ほのかではあれ、意志も認められる。その心の微動は、(略)やっと読み取れる顔のかげりであったり、一本の指の瞬間の動きであったり…。それを捉えることができるのは、私たちの目や耳や手の感覚でなく、私たちの心である。愛情である。」
     その後は療育園に組合運動がおこる中で園長を辞任、以後名誉院長として療育園、慶応病院、日赤産院のカルテの整理をライフワークとして続けながら、昭和50年、重症心身障害研究会(現、日本、重症心身障害学会)を設立し、子どもたちとともに生きたい、子どもたちのことを伝えたいと活動する。
    小林提樹の座右の銘
    「この子は私である。あの子も私である。どんなに障害は重くとも、みんな、その福祉を堅く守ってあげなければと、深く心に誓う」

    0
    2020年05月14日
  • 簿記がわかってしまう魔法の書

    Posted by ブクログ

    わかりやすいです。これだけを読むと言うより、他の入門書やテキストと合わせて、補足的に読むと他の本で分からなかったことがわかる気がします。

    0
    2025年07月21日

新規会員限定 70%OFFクーポン 今すぐGET